歩きつつ本を読む癖 電柱にやさしく避けられながら街ゆく

柳澤美晴『一匙の海』(本阿弥書店:2011年)


 

職場や家への移動の途中に本を読む。歩くときも、危ないことなんかお構いなしに本を読むが、不思議と電柱にぶつかったりはしない。私が無意識の内に避けているのだろうが、もしかすると電柱のほうがぶつかりそうな私をすっと避けてくれているのかもしれない――
 

本が好きな人ならば、思わずにんまりしてしまう歌だろう。
 

現代では、歩きながら携帯電話の画面を見る「歩きスマホ」が問題になり、「歩き読書」はほとんど見かけなくなった。感覚的には「歩きスマホ」というものは落下や怪我などの身体的な危険を感じさせるが、「歩き読書」にはどこかこの世から遊離してしまうような、そんな精神的なふわりとした危うさを感じさせるものであった。
 

巻末に「をはり」と宣りて近代の歌集はくらき宙を閉じゆく

 

同じ連作から書籍に関する一首を引いた。
 

歩きながら読んでいたのは、近代歌人の歌集だったのだろうか。歌集の終わりに律儀に書かれた「をはり」という文字に、目を留める。それはもちろん歌集の終わりを意味することばであるが、どこか近代短歌の時代の終わり、あるいは現代との境界線をそこに見たのかもしれない。
 

今と比べると圧倒的に少なく、また材質も木材でできていただろうが、電柱は近代にもあったようだ。歩きながら読書に耽った近代歌人もいたかもしれない。
 

――そう、電柱にやさしく避けられながら。