塚本邦雄『水葬物語』(1951年・メトード社)
昨日12月8日は太平洋戦争開戦の日であった。夏の終戦記念日は大きく話題になるが、開戦の日はそれほどでもない。けれども今年は、世界の動向が戦争に傾いてゆくようで、過去の歴史上の事で済まない気がした。開戦前の空気感はどのようなものだったかと切実な思いがある。経験として、それを知る人々も少なくなった。
『水葬物語』は、前衛短歌運動とよばれる動きを生み、それ以前の、周囲の事実を詳細に描写したり、内的感情を吐露したりという、自然発生的自己を肯定した上で作歌する短歌世界に、革命的な衝撃をもたらした。表現は暗喩を駆使し、現実の作者を離れて、社会や人間や世界を揶揄して見せる。そこには、直接的な戦争批判とは異なる方法や手法が切り拓いた、鋭角的対立的な戦争観が読みとれる。
革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ
墓碑に今、花環はすがれ戰ひをにくみゐしことばすべて微けく
海底に夜ごとしづかに溶けゐつつあらむ。航空母艦も火夫も
前衛短歌の特色は、辞の断絶と暗喩だといわれる。その新しい表現の源には、戦争への怒り、敗戦の口惜しさ、戦死者への哀悼など諸々を、抒情として歌い流してはならないという強い意志が感じられる。
掲出の「砂鐵をしたたらす暗き乳房」は銃後の女たちの戦争協力。人々は、そうと望まないままに、また自覚のないままに、巻き込まれ流されていった。それを見た経験が歌の背後に重く横たわる。