光森裕樹


もう会はぬ従兄弟のやうなとほさかな みなとみらいとニライカナイは

本多真弓『猫は踏まずに』(六花書林:2017年)


 

神奈川県が生活の中心なのだろう。横浜の「みなとみらい」(地区としての横浜みなとみらい21、あるいは駅)周辺を過るたびに、その音の組み合わせが沖縄や奄美で理想郷や楽土を意味する「ニライカナイ」と似ていると感じる。
 

両者の音は似ている、しかし現実的には「みなとみらい」が理想郷や楽土そのものかと言うと、そうではないような…そんな微妙な感情が「従兄弟」という的確なたとえを導く。
 

同じ連作には次の一首がある。
 

あかつきに雨をこぼしたヨコハマの空が午後にはぺろんとひかる

 

家を出て出社するときには雨だった横浜の空が、まるで何事もなかったかのように午後には晴れる。「ぺろん」という言葉に、横浜という土地の気ままな様子がうかがえる。しかしながら、作者がそれを疎ましく思っている様子はなく、どこか可愛らしく思っているようだ。
 

だから、「みなとみらい」が「ニライカナイ」と区別がつかない〈双子〉ではなくとも、なんとか日々を楽しく生きていくんじゃないかな、と私には感じられる。
 

「従兄弟のやうなとほさ」を感じることもあれば、ときにはぺろんと感じることもあるかもしれない――そう、〈従兄弟のやうなちかさ〉を。