九条は好きださりながら降りだせばそれぞれの傘ひらく寂しさ

中沢直人『極圏の光』(2009年・本阿弥書店)

 

憲法改正論議が、わたしたちのお茶の間のテレビからも盛んに聞こえて来るようになった。賛成派反対派の解説者が出て来ていろいろ説明しているが、殆んど藪の中の出来事を語っているようで、掴みどころがない。国民的議論などといっても、確固たる意見を持てるだけの見識があるのかと自問すれば何も言えないというのが本当のところだ。聞いていると、日本の戦後70年が妙に色褪せて寂しく感じられるのはなぜだろう。掲出の歌は、10年くらい前のものだが、その「寂しさ」はいっそう深まったように思う。

 

歌の鑑賞は、できることなら作者の略歴や状況を前提に読みたくないと思う。どこかで必要以上に作品を規定してしまうからだ。読むときは作者の実人生から作品を解き放ち、自由に空想を広げて楽しみたい。けれども、掲出の歌では、作者が憲法学者であるという知識があった方がいい。憲法のエキスパートの呟きである。法学という学問研究の場では抑えられているであろう、心の内側に巣食う「さびしさ」をいう。【公務員試験にここは出ませんと言い添えて九条を終えたり】という歌もある。

 

前方に横須賀ランプ 高速を降りねばならぬ日がいつか来る

うなだれる羊歯植物を踏みつけて教授は坂をのぼり続ける

ただ一つわれを導く矢印がラッシュアワーの改札にある

 

巻末の岡井隆の解説で、作者の、一つの物ともう一つのものとの対比の中に歌を作る二元性が指摘されているが、よく頷ける。高い批評性と冴えた言語テクニックが印象に残る。