平岡直子


遠き雲の地図を探さむこの町をのがれむといふ妹のため

大西民子『雲の地図』(短歌新聞社:1975 年)
※表記は『大西民子全歌集』(沖積舎:1983年)に拠る


 

穂村弘に〈目薬をこわがる妹のためにプラネタリウムに放て鳥たち〉という歌がある。1990年刊行の『シンジケート』に収録されている歌なので掲出歌とは十五年の隔たりがあるけれど、どちらも何かをおそれる「妹」に対して非現実的な解決を提案する兄または姉の歌である。内容のよく似たこの二首の決定的な違いは、大西民子のほうは歌が妹に捧げられていて、穂村弘のほうは妹が歌に捧げられていることだ。これはそれぞれの作者の実際のきょうだい構成とは関係がない。

 

雲が頭上にあるものだとすると、「遠き雲」は斜め上にあるものだ。そこから地図、町、とずれながら地面に近づいていく作りには、階段を降りているような感覚がある。「探さむ」「のがれむ」という見た目上は対になっている二つの動詞が異なる発話者を持つことや、年長者と年少者という年齢差も、一首のなかの段差として仄かに働いているように思う。最後に書かれる「妹(のため)」から遡ると、この階段はなんだか「妹」という名詞のためのレッドカーペットのようである。
掲出歌が階段状なら、穂村弘の歌のほうは放射状だ。点眼された瞬間に眼球にひろがる目薬の小さな拡散のイメージにはじまって、プラネタリウムの半球に展開する星座、さらにそこに放たれる鳥たちはきょうだいを起点にした放射線を描いていると思う。「妹」はその拡散の起爆剤のように置かれていて、読後には暗がりに羽ばたく鳥たちの、あかるい不穏さとでもいうような鮮烈なイメージが残る。

 

穂村弘の歌のほうで「妹」が果たしてる役割は絶大で、どちらが鶏でどちらが卵かわからないけれど、「この妹は究極に無垢な存在だ」と「このきょうだいは幼い(だいたい五歳と七歳くらい)だろう」をほぼ同時に確信させられる。それらの印象が下句の光景を特別なものにしているし、歌の登場人物の像を思い浮かべやすい。ほかの名詞に置き換えができない。他方、「妹」に辞書通りの意味以外がほとんど読み取れない大西民子の歌のほうは、それゆえに歌の修辞が結句の「妹」に捧げられているように感じられる。そのせいで歌の輪郭はいくぶんぼんやりしているし、登場人物のキャラクター性も少なくとも歌からはあまりわからない。しかし、この「妹」の位置に、詩的な必然性のある名詞が置かれていた場合、この歌の、縦書きの重力に抗わずとも従わない魅力的な文体が立ちあがっていたかどうかは疑問である。
大西民子の短歌のキャリアは夫の不在を詠った二首の名歌〈かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は〉〈妻を得てユトレヒトに今は住むといふユトレヒトにも雨降るらむか〉にほぼ挟まれていて、不在を詠うときにもっとも歌が輝く歌人なのだと思う。だけど、不在というテーマの大西民子にとくにかぎらない普遍性を考えると、上記二首には短歌のある「型」との接近も感じる。掲出歌のように、存在しているものをどういう構図で書くかということのほうに作家性が表れているようにわたしは思う。最後に一応書いておくけれど、冒頭で「実際のきょうだい構成には関係ない」とは言ったものの、この歌を読むときに大西民子に妹が実在したことを思い出さないと言ったら嘘になる。

 

(……)私の歌ののつた雑誌を熱心に読んでいた妹が、泣いているのに気がつきました。「どうしたの」と聞くと、「あたしのことが、こんなに大事なのね、失うのがこわいのね」などと言うのでした。(大西民子『雲の地図』後記より)