染野太朗


おーい列曲がつてゐる、と言ひかけて 眼閉ぢれば春の日はさす

小池光『山鳩集』(砂子屋書房、2010年)

 


 

「最後の終業式」と題された連作9首のうちの一首。「眼」には「まなこ」とルビがある。この連作の最初の二首、

 

この校庭この同じ場所の始業式にわれ立ちてをり三十一年の昔
もののはづみに勤めはじめし学校に三十一年勤めて終はる

 

を読んだだけでも状況はわかるが、歌集の「後書」にも「二〇〇六年の三月をもって三十一年勤めた学校教師を退いた。過ぎてしまえばたちまちであった。」とある。『山鳩集』の初読のときは、僕はすでに教員をしていたけれど、この連作では、

 

一時間に一本折りてわが折りし一万数千本の白いチョークよ

 

という歌のほうをよく記憶していた気がする。「一時間に一本」とは大げさではないか、こんな精確なことあるだろうか、でもなんであれこの精確さがおもしろさだな、と考えたり、「一万数千本の」ともはや映像化はできないような、数値による展開の鮮やかさ、時間の厚み、というところに目を奪われていたのだと思う。今日の一首は、僕自身が専任の教員を辞めてからなにげなく『山鳩集』を読み返していてハッとなった歌だ。言いかけてやめた、というところの心情が妙にリアルに感じ取れた。そして、この感じはとてもよくわかる、と思った。春の日を感じたから、あるいは春の日を感じようと思ったから眼を閉じたのではなく、あくまで先に「眼閉ぢれば」なのだというところにも大きな意味を感じる。この一首前に、

 

金ボタン五つづつある学生服 ああいちれつにクラス生徒並ぶよ

 

とある。「クラス」の音が余っている。「ああいちれつに生徒並ぶよ」であれば定型に沿う。「クラス」に意味の上での仕掛けはなく、韻律や形式上のアクセントとしてこの「クラス」が挟まれているのだ、というような読みもできなくはない。けれどここではきっと明確に「自分がクラス担任をしている生徒である」と意識しているのではないかと僕は思う。僕自身がクラス担任をしているとき、とりあえずまず気になる、というか、たとえ面倒なときであっても指導(指導、という語もなんだか縛りのつよい言葉だな、と今あらためて思う)しなければならないのはあくまで「自分のクラス」の生徒だった。あるいは、やはり思い入れをつよくして見てしまうのは「自分のクラス」の生徒。その、自分のクラスの生徒が、一列に並んでいる。しかも「金ボタン五つづつある学生服」なのである。列、ということがぴしっと、強調されて見えてくる。教員をもう辞めるという、「学校」「教育」というところから離れた視点で見たとき、人が「いちれつ」であることが際立って見えた、極端な言い方をするならば、不自然に見えた、のではないかと思う。いかにも「学校」という枠組みに沿っていることが、相対化されて見えたということではないだろうか。

 

そしてその「れつ」に「おーい列曲がつてゐる」と言おうとする。

 

けれども、教員を辞めようというときに、生徒たちに「列が曲がっている」と注意することが、どういう意味をもつというのだろう。曲がっていたっていいじゃないか。つまり「列が曲がっているということに目を向けてそれを注意するということはいかにも学校的である」ということをふいに自覚した、ということではないだろうか。注意することそのものの善し悪しがどうということでなく(もちろん列が曲がっていることの善し悪しのことでもなく)、まさに「教員である」ということそのものを、「列曲がつてゐる」といういかにも学校的・教員的発言によって意識したのではないか、と思う。意識できたのは、今まさに教員を辞めようとしているから。学校という場から離れようとしているから。

 

そしてその言いかけた言葉に、「三十一年の昔」の「始業式」のときの自分の声をも聞いていたのかもしれない。例えば五島諭に、

 

履歴書の学歴欄を埋めていく春の出来事ばかり重ねて(『緑の祠』)

 

という歌がある。始業式も終業式も「春の出来事」なのである。

 

それで、次に、何かを感じた。だからふっと「眼」を閉じた。まぶたに感じた「春の日」。

 

この「春の日」をまずは「三十一年の昔」の「始業式」の光ととらえたい。そして次に、その「始業式」の日から今までくりかえされた、始業式ごと、終業式ごとの「春の日」を読み取りたい。だからこの「春の日」はもちろん、三十一年分の時間の光であり、そこには、三十一年分の温もりがともなっている。でもひとつ、これまで校庭で感じてきた「春の日」とは決定的に異なる点があるのだと思う。それは、「おーい列曲がつてゐる」といういかにも教員的なことばを言いかけて、それをやめたからこそ感じた「春の日」であるということ。「いちれつ」であることの、ある異様さを自覚してから感じた「春の日」であるということ。つまりこれは、何によっても意味づけをされていない「春の日」なのではないか。ひとりの人間として、と言ってしまえばいかにも大仰だし、それまでだけれど、「春の日」を春の日のまま感じている、そういう場面なのではないか。それを言いかけてやめたからこそ、はじめて感じられた「春の日」そのもの。

 

言いかけて、やめて、まぶたを閉じる。閉じた瞬間にはきっと三十一年分の時間を体感していたはず。けれどもこの「春の日」はおそらく、それと同時に、その三十一年分の時間を脱いでもいる。ただの「春の日」としてそこに射している。この歌のあとに、

 

教室のごみばこ三つ洗はぬままやめゆくこともさだめなるべし
崖つぷち渡りつつ来し自己肯定つよきつよき教師集団の中

 

や、上に挙げたチョークの歌がつづくけれど、この「春の日」には、そういったものを含んだ三十一年分の重みや感慨だけでなく、そういった重みや感慨が取り払われた、だからこそかろやかな「春の日」そのものをも読み取ってよいのだと僕は思う。