花山周子


小池光
雪に傘、あはれむやみにあかるくて生きて負ふ苦をわれはうたがふ 

小池光『バルサの翼』(1978年)


この歌を、作者の小池光は、後年、山中智恵子の「行きて負ふかなしみぞここ鳥髪(とりかみ)に雪降るさらば明日も降りなむ」の本歌取りだったと明かしている。

 

あの歌の本歌取りのつもりで作ったんだね。「行きて負ふかなしみぞここ」というテーゼに対して、私は生きて負う苦しみが本当にあるとは思わないんだよと、ひっくりかえしたテーゼを出した歌のつもりだったのに、これが本歌取りだって誰も言ってくれない。
「小池光に聞く、その歌の裏側」質問者/柳宣宏・江戸雪(「短歌」2010年8月号)

 

小池の言うように、この歌が発表された当時、誰もこの歌が山中の本歌取りだとは気づかなかったようで、気づかれずに、この歌は小池の代表歌(のうちの一首)として、広く愛唱された。こんなこともあるんですね。

 

けれども、改めて作者にこう明かされてみれば、この歌、山中智恵子の本歌取りとしても最上級の成功を収めていることに気づかされる。

 

山中の歌では「行きて」であったのが、この歌では「生きて」となっている。ここに小池の解釈が提示されている。「行く」と「生く」、違うと言えば違うが同じと言えば同じ。生きることはまた、生の時間を行くことで、山中の「行く」はそれだけのスパンを感じさせている。そして山中の歌では、下句によって、さらに永遠の時間が、降る雪のリフレインと「明日も降りなむ」という未来への眼差しによって用意される。そして何よりも山中の歌では「行きて負ふかなしみ」が前提とされた場所から詠われることで、「雪降るさらば明日も降りなむ」が限りない詠嘆として働くのである。

 

翻って、小池の歌では「生きて負ふ苦をわれはうたがふ」と、下句でいかにも瑣末な一個人のうたがいを提示することで、前提化された「行きて負うかなしみ」へのアンチテーゼを差し出している、というのが作者本人も言っている通りで、とても大事なこの歌の本歌取りとしてのコンセプトである。

 

でも、それだけじゃない。この歌はもっと、歌の在り方そのものにおいて、山中の歌へのアンチテーゼとなっている。

 

それをうまく説明できるかどうか。

 

まず、「雪に傘」というイメージ鮮烈な初句。
「ゆきにかさ」と「あ音」に開かれていて、そのままぱっと傘を開いたような印象を与える。これが、「傘に雪」だと、とてもダサい。ぱっと歌を開く感じがなくなり、すぼむ。

 

「雪に傘」というそれだけで、ぱっと場面が開かれるのは、また、「に」の働きがそのまま次の余白へと引き渡されるからだ。「雪に傘を開く」「雪に傘が開く」というふうに、「に」のかかる先に外へ向かっての動的な展開がある。あるいは、「雪に傘はいいなあ」というふうな、感情が運ばれる。これも「傘に雪」だと、「傘に雪が降る」という規定として、「に」は「傘」にしかかからない。「傘に雪」で完結し、ここで、気持ちも途切れ、じとっとする。

 

「雪に傘」はつまり、もうそれだけで美しい詠嘆だ。

 

「雪に傘」の次の「、」もこの省略された動きや気持ちの運びを、すっと引き受けて、「はあ」と白い息を吐くような空間を残す。

 

そして、その余白から「あはれむやみにあかるくて」、と一気に書き起こす。
ここでも「あ音」のひびきが印象的で、「あはれむやみにあかるくて」とひらがなでひらくあかるさと、同時に「むやみに」つまり「無闇に」という言葉の斡旋のうまさ。
でもそれだけじゃない。「雪に傘」と、一息で言ったのちの「あはれむやみにあかるくて」は、急に早口になるような、雪のまばゆい空間に眩暈を起こすような感覚がある。
だから「あはれ」という詠嘆もここでは、なにがなんだか、そのあかるさに圧倒された、受け身の感じである。

 

そして、「生きて負う苦をわれはうたがふ」

 

これは、理屈でもなんでもない。雪のまばゆさのなかで、雪に傘を差し、雪に傘、と思い、歩いている自分は、あたりのあかるさのなかであまりにも現象的で、「生きて負う苦」ってなんだったっけ。

ふだんのリアルな生活がここではまるで嘘のようなのだ。

 

この歌に差し出されているのは、雪のふる空間に照らされて、自分という存在を現象的に感覚する一人の人間である。それはとてもあてどなく、けれどもとても自由で孤独なよろこびでもある。

 

この歌にも「今」が呼び込まれている。けれどもそれは「行きて負ふかなしみぞここ」といったときに、古代に今を呼び込むような「今」ではない。
「雪に傘」という軽やかな詠嘆は、この人が立っている「今」しか呼び込まない。
「雪に傘」には、都会的なスタイリッシュさがある。都会といっても、別におしゃれとか、人が多いとかそういうことではなくて、でもたとえばこの「雪に傘」の舞台に、田んぼ道や山道を思い浮かべる人はまずいないのじゃないか。あるいは、「鳥髪」まではいかなくとも、関ヶ原や、江戸の日本橋を思う人もいないはずである。近代以降の道路や歩道というものを思い浮かべている。つまり、この人にとっての日常の場所がここにある。

 

そういう日常の場所に立って、
「行きて負うかなしみぞここ」という超越的な主体によって前提化されていた、この世に生を受けたものの孤高のかなしみを、
「生きて負ふ苦をわれはうたがふ」という一個人である「われ」に引き戻している。

 

つまり、歌の構造が鵺のように浮かび上がらせる「主体性のようなもの」の茫漠とした輪郭ではなく、雪のなかを歩き、雪のあかるさにさらされ、感覚する「私」の実質的な身体がスタイリッシュな文体によって、ここに立っている。

 

「生きて負う苦をわれはうたがふ」が、「行きて負うかなしみ」に対する意味的なアンチテーゼ以上に、個人の感覚としての、はかなさをまとうこと。そういうこの歌の在り方そのものが、山中の歌へのアンチテーゼになっているのである。