生沼義朗


黒﨑聡美/待合室はさいしょに暮れてさかさまに戻されていた雑誌を直す

黒﨑聡美『つららと雉』(六花書林・2018年)


 

雨が降り雨を伝えるそれだけで保たれている関係がある
生乾きのようなコピー用紙を補充してどこか遠くで泣き声がする
白衣まで硬さのおよぶ冬となり整骨院の受付に立つ
並び立つ低周波治療器の音重くまぎれてしまう雨の降る音
カーテンをあければそこにひとつずつ古墳のようなうつぶせがある
脱脂綿、コピー用紙に絹豆腐 白いもの切る一日終える
苛立ちを薄めるように夕焼けのひかり背にしてカルテを仕舞う

 

 

黒﨑は整骨院で受付や診療補助の仕事に従事しているようだ。仕事を題材にした歌を何首か抄いたが、どちらかというと背景やシチュエーションは詳細に描かれていないのに、一読して仕事の現場のリアリティが漂うのは、描写力にすぐれ、要素の取捨選択が巧みだからである。

 

掲出歌には、医院や接骨院の待合室は外に接した大きな窓があるイメージが援用されている。大きな窓のある部屋は日没やにわか雨、大風などの時間や気候の影響を受けやすい一方、診察室や処置室、施術を受ける部屋は窓がない、あっても明かり取りの小窓や磨りガラスで外の変化の影響を受けにくいイメージがある。それゆえ、「さいしょに暮れ」るのは待合室なのだ。そうした外部に向いた感覚と、自分の内部に向けられた意識が絶妙に釣りあっている。「さかさまに戻されている雑誌を戻す」も事実の描写であると同時に、心情の描写として有機的に働いている。

 

1首目はこの歌単体では仕事以外の人間関係とも読めるが、一連の他の歌と併せて読むと職場の人間関係とわかる。無駄口を叩く余地のないやや殺伐とした職場の空気や、そこにある程度以上納得している感情が同時に伝わってくる。余分な背景を意図的に消していることで、作品に漂う普遍性が高まっている。

 

他の歌を見ても、「生乾きのようなコピー用紙」「さかさまに戻されていた雑誌」「古墳のようなうつぶせ」「脱脂綿」「絹豆腐」などモチーフの選択に個性がある。どの歌も観察が行き届いていて、「さいしょに」「さかさまに」などの漢字やひらがな表記の使い分けなども芸が細かい。結果、一首全体にやわらかい空気が醸し出されている。

 

仕事の歌を集中的に述べておいて何だが、書いているうちにどうもこれは黒﨑の歌のひとつの要素ではあっても、黒﨑の作風を象徴的に現すものとまでは言えないのではないかと思えてきた。だけれども、やはり仕事の歌の方が黒﨑聡美という作者を紹介するのには話が早いところもある。作品と作者をどこまで結びつけるかは難しいところだし、安易な結びつけは批判も多いのは承知しているが、今回はあえてここから入りたいと考え、仕事の歌について述べてみた。

 

というわけで、この項目続きます。