花山周子


中山くに子/二階よりヘリに拾われ雪の夜の避難飛行すあれから三年

中山くに子 2014年作 『震災のうた―1800日の心もよう』(河北新報・2016)


 

中山くに子さんは石巻市の方。『震災のうた―1800日の心もよう』には六首の歌が掲載されている。震災後の生活のなかでじっと耳を澄ますように事実のみを淡々と詠われていて、心に響くものがある。

 

・大津波に呑まれて逝きし初孫に入学祝いのカバンを供えん 2011年
・父母の写真なきかと訪れきし友の子ありき津波後三月 2012年
・壁一つ隔てし隣の仮設への音をおさへて食器並べむ 2012年
・被災地に職を求めて去年今年孫励みいる言葉少なく 2012年
・震災を経て選びしは消防士孫の入校式をじっと見つむる 2014年

 

一首目、一読したときは、小さなお孫さんが亡くなられてランドセルを供えるということかと思っていたけれど、四、五首目を見ると、高校か大学などの入学祝いだったのかもしれない。あるいは、作者のお孫さんではないのかもしれない。いずれにしても抑え込むような静かな歌いぶりのなかで「供えん」に強い意志がこめられている。

 

二首目は、一年前のことを思い出して詠われている。作者自身、仮設住宅に住まわれていることを思えば、友の写真を渡すことはおそらくできなかったのではないか。淡々とした歌いぶりだけれど、「なきかと」「訪れきし」「ありき」、そして「津波後三月」とひとつひとつ置かれる言葉に震災の無情さがひしひしと感じられる。

 

三首目では、仮設住宅での暮らしが詠われる。隣人の気配を互いに感じながらの仮設住宅の暮し。それは、それまでの海辺の町や村の親戚や親しい近所の人たちのいる平屋暮し(私の勝手なイメージかもしれないけれど)とはまったく違うものだろう。そして、どの隣人も深い悲しみを抱えているはずなのだ。「隣の仮設への音をおさへて」という言い方に注目する。「壁一つ隔てて暮らす仮設なり音をおさへて食器並べむ」などと三句切れにして詠うことも可能なのだけれど、「仮設への音」というふうに繋ぐとき隣人の存在感がぐっと濃くなる。その人への思いやりや気遣いの気持ちとともに、作者自身の仮設住宅での鬱屈した思いが、「隣の仮設への」という言い方に籠るのだ。「音をおさへて」「並べむ」にも、抑え込むものを感じさせる。

 

四、六首目では、お孫さんの歌が詠われていて、このお孫さんの「言葉少なく」に、私はきっとお孫さんは作者と人柄が似ているのではないかと思った。家族というものの気質というのか、それは、作者の「じっと見つむる」と繋がるような気がするのである。

そして、五首目の今日の一首。

 

・二階よりヘリに拾われ雪の夜の避難飛行すあれから三年 2014年

 

津波に襲われ、二階に逃げ延び、雪の夜に、ヘリで救助されたという壮絶な体験が、三年後に詠われている。けれどもこの歌はとても静かだ。そして、「雪の夜の避難飛行す」の響きには、現実離れした体験が、なにか事実として詩的なものになっているような、その夜の特殊さというものが、その壮絶さを背後に持ちながら、かなしい美しささえ感じさせるのである。そして、作者の「あれから三年」というつぶやきに、この六首のなかには語られていない多くのことがあることを思うのである。