花山周子


木下利玄/磯町の床屋によりて髭剃れば鏡にうつり霰ふるなり

木下利玄第一歌集『銀』(1914年)


 

今日の一首は「旅の雪」という一連のなかにある。

 

・磯町の床屋によりて髭剃れば鏡にうつり霰ふるなり

 

滞在している旅先で寄った「床屋」というところに独特の風情がある。近代の頃は歌人も小説家も、年中どこかに旅に行っては、何週間も滞在したりしている。作品にもそういう旅を舞台にしたものが多くて、読んでいるとうらやましくなってしまうけれど、当時、娯楽といえるようなものは旅行くらいしかなかったともいえるわけで、旅行といったって、大した観光地ともいえない辺鄙な寒村に降り立って、裏の山をふらふらしながら何日も過ごすのである。そして、そういう場所にも必ず旅宿があって、その土地柄の暮しがあって、床屋がある。ということが、作品を読んでいるとわかる。こういう具体って、おもしろいなあと思う。

 

「磯町」とあるから海辺の町なのだろう。海と山とでは空気の匂いも生えている植物もぜんぜん違う。海のそばの潮風のざらっとした、粗い日差しの町。冬には荒涼として、雪や霰の降り方も山のそれとは違う独特のわびしさがあるだろう。その町の小さな床屋に入って髭を剃る。ぞりっとした髭の感触と、目の前の鏡に映る霰。この二つのことには「髭それば」によって、微量の因果関係が生まれる。小さな床屋の閉ざされた空間のなかで、床屋という場所が強いる、なすがままの状態で、自分のそばでは影のように床屋さんが髭を剃っている。そういうものを映す鏡のその奥で霰が降る。静かに静かに、奇妙な時間が流れてる。