生沼義朗


中村亜裕美/速報を読みおえしあと掌にすこし遅れてくる震えあり

中村亜裕美「汝の喉を愛せよ」(「短歌」2016年11月号)


 

作者の中村亜裕美(なかむら・あゆみ)はFMラジオ局に勤務している。ラジオ局の仕事の歌というとやはりまず藤原龍一郎が思い浮かぶ。藤原はAM局のディレクターだったが、中村は掲出歌に「速報を読みおえし」とあることからもわかる通りアナウンサーである。ちなみに中村は「未来」に所属している。

 

2016(平成28)年の第62回角川短歌賞の予選通過作のひとつである「汝の喉を愛せよ」50首一連の8首目。題となった「汝の喉を愛せよ」は、47首目の

 

 

口にしたおりから古びることばかり伝う汝の喉を愛せよ

 

 

という歌から採られている。職業に対する衒いのない矜持が見える。選考座談会での小池光の発言によると、結句が「汝の喉を愛せよ」という歌が47首目から3首続くそうだが、角川短歌賞は佳作以上でないと50首全首掲載されないので、他の2首についてはわからなかった。なお、その回の受賞作は佐佐木定綱「魚は机を濡らす」50首と竹中優子「輪をつくる」50首だった。

 

掲出歌の意味内容に不明なところはない。番組の途中でニュース速報を読み上げる。前後の歌がわからないので背景は類推するしかなく、読み上げたアナウンサーが番組の出演者だったのか、別の場所で読み上げていたのかまではわからないが、「掌にすこし遅れてくる震え」という表現を考えると後者のような気がする。「掌にすこし遅れてくる震え」という表現自体は平易なものだが、簡潔に場面を描写し得ている。観察が行き届いていて、マスコミの現場の空気や時間はもちろん、報道の仕事に接する独特の緊張と緩和が伝わってくる。このリアルさは、実際に体験していないとなかなか出てこない。

 

 

ちはやぶる緊急地震速報にいまし風立つ報道フロア

 

 

選考座談会で取り上げられている歌は50首のうち10首だが、なかでも印象に残った歌に何首か触れる。いずれも特殊な現場性と明確な要素の提示が読ませる。緊急地震速報が鳴り響く報道フロアを、「いまし風立つ」とした見立ては賛否が別れるかもしれないが、もちろんこの風はさわやかなものではない。嵐と呼ぶべき類のものだろう。しかし嵐と記した途端に通俗になりかねないので、「いまし風立つ」としたのではないか。「ちはやぶる」は、もちろん神または宇治にかかる枕詞だ。この歌では神の語は使われないが、当然「地震」にそのニュアンスが内包されている。

 

 

被爆者の七十一年、オバマ氏の十七分を、二分で伝う

 

 

「オバマ氏の十七分」は、2016(平成28)年5月27日にバラク・オバマが現職のアメリカ大統領としてはじめて広島を訪問し、広島平和記念公園の慰霊碑の前で核兵器のない世界について述べた17分間のスピーチを指す。もちろんスピーチの奥には、被爆者が過ごした被爆後の、そして敗戦後の71年間が横たわっている。仕事とはいえ、その膨大な時間と文脈をわずか2分のニュースで伝えなければならない。事実を短歌形式で端的に述べながら、戦争とは何か、人間とは何か、報道とは何かといった社会人としての葛藤が滲んでいる。一首全体を3つの文節に分け、下句に向けて段々に収斂させる作り方も上手い。数詞の使い方も効果的である。

 

 

アラベスク 刺繍のようにからみあう公の声と私の声

 

 

電波に乗る「公の声」と、日常で発する「私の声」が、「刺繍のようにからみあう」とした表現に、アナウンサーへの矜恃と自覚が滲む。「アラベスク」はイスラム教の礼拝堂であるモスクの壁面装飾に見られるイスラム美術の様式で、幾何学的文様を反復して作られる。「アラベスク」は「刺繍」の文様を想起させるが、直接の因果関係とまでは言えない。その不即不離の間合いが一首に余裕と余韻を持たせている。

 

作品を評価する際、特に賞などの場においては、珍しい題材やモチーフへのアドバンテージが生まれやすいことは否定できない。短歌にさまざまな人材が入ってきてほしい観点からすれば悪いことではないが、特殊な仕事や状況を連作でわかりやすく説明すれば評価されやすい誤解が生じるのであれば、最大限防止する必要があろう。自分としては、早く珍しさが一周してほしいと思っているが、それまでは珍しいことへの評価はやむを得ないとも思う。

 

一方で、断片的に読んだだけなので瞥見の域を出ないが、中村の歌は非常に読ませるものだった。純粋に仕事がビビッドに描かれ、仕事に対する矜恃や問いや葛藤が滲んでいて、すぐれた職業詠である。選考座談会で島田修三が高く評価し、「票が入ると思ったけど意外」と言ったのも頷ける。だからこそ、珍しさとの狭間で読者は迷ってしまうこともあるということだ。