生沼義朗


萩原慎一郎/ひるやすみカレーうどんを食べながら愛のない暮らしなどはうんざり

萩原慎一郎『滑走路』(角川書店・2017年)


 

掲出歌は意味的に三句でいったん軽く切れる。上句の行動と下句の感慨には直接の因果関係はない。昼食にどこかでカレーうどんを食べながら、愛のない暮らしというものを想像して思わずうんざりとしてしまった。どのようなきっかけでそのようなことを思ったかはわからないが妙にユーモラスで、不思議な説得力がある。「ひるやすみ」とひらがな表記にした点や「カレーうどん」の道具立ても、そのユーモラスさを醸し出すのに一役買っている。

 

萩原が2017(平成29)年6月8日に32歳の若さで亡くなってちょうど2年。最初に自分が萩原慎一郎の名前を知ったのは、今はなき短歌総合誌「短歌朝日」の投稿欄ではなかったか。彼が全日本短歌大会の日本歌人クラブ賞を受賞した際に会報に掲載された受賞者近影で顔は知っていたし、それ以外にも様々な記事などで名前と作品を見ていたが、結局お会いすることはなかった。

 

『滑走路』の特徴として非正規雇用やいじめを受けた過去がよくクローズアップされる。そこに起因あるいは関連する不全なる青春性には自分も共感する。『滑走路』は現在までに8刷累計3万部を発行し、NHKのニュースなど歌壇を越えた多くのメディアでの反応を呼び起こしたのは当然それだけ多数の人の心に届き動かした結果だが、おそらく主に先述の非正規雇用やいじめの要素への反応と考えるのが妥当だろう。その反応を否定したいのではない。果たして萩原の歌が多くの人の心に届いた理由はそれだけかを問いたいのだ。

 

ときおり文語の助詞や助動詞が使われることもあるが、『滑走路』のほとんどの歌は口語で構築されている。萩原の所属誌でもあった「りとむ」2018年7月号に栁澤有一郎と新木マコトが『滑走路』の書評を執筆しているが、萩原が口語を駆使した理由を新木は「特徴的な結句の造形は三枝昻之の影響を感じさせつつ、言文一致から連なる「書き言葉としての口語」だろう。(略)彼における文語は短歌史のそれを指すのではなく、自らの内なるもの・踏み越えるべき内的規範として認識されていたのだろうか。短歌史における文語・口語と萩原慎一郎の内なる文語・口語という二重性に留意しなければならない。『滑走路』の作者は孤独に、誠実に近代を生き直していたのだ」と、栁澤は「自身の歌いぶりが同世代の心の支えとなり、かつ、同時代の人々が共有する世界を構築してゆくための〈声〉となることを信じて疑わなかった」とそれぞれ指摘している。

 

歌集を読む限り、素朴かつ素直な心性の持ち主という印象が強く、それが魅力や強みになっている作品が多い。同じように感じている特に男性も多いのではないかとも思うが、語弊がある言い方かもしれないが自分は”ええかっこしい”なので、とても萩原のようには詠めない。それゆえに自分は素直に入っていけないところがあったのだが、二人の指摘でなぜ萩原があの作品世界を構築し続けたか、その理由が見えてきた気がする。また、

 

 

抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ
文語にて書こうとぼくはしているが何故か口語になっているのだ

 

 

などの歌のように短歌や表現そのものを題材にした歌も多く、これは萩原自身のマニフェストであり、同時に表現への率直な願望やあこがれの表れでもあった。個人的感覚に過ぎないが、自分はいわゆるメタ短歌は意識的に詠まないのでこの点でもなじめないものはあった。しかしこれは萩原が自身の中に上げた一種のバルーンで、ここを梃子にして自身を推し進めていたことはよくわかる。

 

『滑走路』には、事物を描写して歌を詠むよりは、自身の心情に軸足を置いて詠まれた歌が多い。近代短歌以降のテーゼと照らし合わせると、心情は具体的事物の描写と照応することでより届きやすくなり説得力も増す。もっと言えば、一般的には心情や抒情のみで一首を押そうとすると歌が下手に見えてしまう難点もある。萩原はそんな懸念よりも、自分の心情をダイレクトに読者に届けることを優先したのだ。そうした朴直と言ってもいいひたむきさが多くの人の心を動かしたのだろう。萩原が俵万智の作品をきっかけに作歌をはじめたように、できれば萩原の『滑走路』を読んで歌をはじめる人が出てくることを願う。