花山 周子


栗木京子/観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)

栗木京子第一歌集『水惑星』(1984年・雁書館)


 

栗木京子の初期代表作といえばどうしても〈観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)〉という歌を思い浮かべてしまうし、この歌はもはや作者である栗木京子さへも遠く離れて多くの人に記憶されている。現代短歌においてこれほど有名な歌は俵万智をのぞいて他にはないだろうし、俵万智の場合、『サラダ記念日』という歌集そのものがひとつの伝説ともなっていることを思えば、一首単独でこれほど人口に膾炙している歌はない。それはほとんど和歌的な知名度といっていい。ところがだ。栗木京子の第一歌集『水惑星』の、「二十歳(はたち)の譜」という連作のなかでのこの歌に出会うときその印象が意外なほど淡いことに驚かされる。あのちょー有名な一首だ!!というような出会いがしらの感動はなく、寧ろさらっと読み過ぎてしまう。これは私のごく個人的な印象であるかもしれないのだが、いつかどこかで栗木さん自身も、最初はあの歌はそれほど注目されていなかったということを書いていたと思うから、時間があったら丹念に調べてみたいと思っているのだが、ともかくも「二十歳の譜」という一連の、たとえば〈走り来て四肢投げうてばいや高く規則正しき血流の音〉〈夜道ゆく君と手と手が触れ合ふたび我は清くも醜くもなる〉〈草に寝て飛行機の影目に追へば矢となりて飛ぶ時の電離粒子(プラズマ)〉というような、その若い身体性によって青春というものの精彩を放つ歌歌のなかにあって、〈観覧車回れよ回れ〉という景への願いや〈想ひ出は君には一日我には一生〉というフレーズには輪郭がなく、まるで挿入歌のような淡い印象になるのである。この歌はそのようなクレジットのない匿名性が故に寧ろ、歌集や連作のなかから一首として取り出してきたときはじめて歌の想いの輪郭が明らかになるようなところがあるのだ。

 

ところで、私はこの観覧車の歌が栗木京子の初期代表作としてあまりにも有名になってしまったことで、却って『水惑星』という歌集が持っていたはずの現代短歌における女性の歌の先駆性が忘れられつつあることを残念にも思う。この歌集には近代以降の「短歌」というものを考えるうえでもとても重要な問題がひそんでいるはずだからだ。というのも、ある時期から、いわゆる短歌新人賞的なところで積極的に評価されてきた女性の歌というのは先にあげたような歌歌なのであり、それは今現在においてもほとんど変わっていないと言ってもいい。学生生活を送るごく日常的な風景を切り取る。そこでの相聞や相聞を介する思索性がその若い身体性を通して書き起こされていく。そのような連作性のなかから立ち上がる青春ライフこそが、作者の個性として、また普遍への手続きとして、つまり歌壇の新人として承認されてきた。

 

山田航が『桜前線開架宣言』の小島なおの章で〈エタノールの化学式書く先生の白衣にとどく青葉のかげり/小島なお〉などの歌をあげながら「今与えられている自分の時間が限られたものであることに気付いているからこそ、「現在」という時を必死で楽しもうとする。そんなひりついた青春文学となっている。こうしたタイムリミット感覚は、永田紅や大森静佳、さかのぼれば栗木京子など、学生時代にデビューした女性歌人にはしばしばみられる傾向である」と書いていて、とても重要な指摘であると思った。ここで山田が指摘する「タイムリミット感覚」がこれら女性歌人の初期歌篇から感じられるのは、そのような限られた時間における日常のスケッチ、そこでの等身大の自己像を歌に定着できているからなのではないか。そして、「さかのぼれば栗木京子など」という、つまりそのパイオニアとして栗木京子の『水惑星』という歌集を現在の地点から現代短歌という視座に据えて捉え直すことは案外大事な仕事なのではないか。もちろん、栗木京子より以前にもこうした傾向は様々に芽を出してはいたと思うのだが、たとえば少し上の世代になる河野裕子の『森のやうに獣のやうに』(1972年)には未だ前衛的な影響もあり、〈ひたひ髪しづかにかきあげもの言へる汝が肺中葉の翳を想はむ/河野裕子〉というようなもう少し詩的抽象度が志向されてもいて、そこでは〈ブラウスの中まで明るき初夏の陽にけぶれるごときわが乳房あり〉というような自己陶酔感、つまりは主情こそがその主軸に据えられていたのと比べれば栗木京子の歌になってはじめて、日常における等身大の〈わたし〉というものが姿を現したということができるのではないか。

 

桃色の服をあてがふ試着室にゴキブリの子の走り去る見ゆ

 

こうした、「試着室」というような場面、そこを「ゴキブリの子の走り去る見ゆ」というような卑近と言ってもいい観察こそが、当時、とても新鮮だったはずであり、いま読んでも、「桃色の服」というような具体も相まって、とても風通しのいい日常空間が感じられる。

 

トルソーの静寂を恋ふといふ君の傍辺(かたへ)に生ある我の坐らな

 

あるいはこの歌はどうだろうか。「トルソーの静寂を恋ふ」というような青年、その青年に対置される「生ある我の坐らな」というような等身大のわれ。冷ややかな理想に対する自らのリアルな生を主体的に対置しているのであり、その理想が「トルソー」という形態によって表現されることで、「坐る」という人間の身体とのコントラストにもなっているし、この動作によってごく日常の場面へと降ろされているのである。

 

それにしても、なぜこうした歌歌が等身大の〈わたし〉を描いているように見えるのかというところはもう少し掘り下げておいたほうがいいだろう。たとえば、試着室の歌では「桃色の服」を試着するという場面を先の河野裕子の〈ブラウスの中まで明るき初夏の陽にけぶれるごときわが乳房あり〉というような自己陶酔感として描くこともできたと思うけれど、その場所が「ゴキブリの子」が走るようなわびしい試着室であることが下句によって提示されるとき、学生の一女子としての〈わたし〉の姿、素の〈わたし〉というものが出てくる。あるいは、トルソーの歌では、君が恋う「トルソーの静寂」とは似ても似つかない「生ある我」というものの自己認識が働いている。〈夜道ゆく君と手と手が触れ合ふたび我は清くも醜くもなる〉という歌では、君によって変化する〈わたし〉というものがあるのであり、いずれの歌でも世界における〈わたし〉というものが正確にはかられていて、そのような醒めた自己規定にこそ歌の主眼がおかれているのだ。それまでの自己の拡大とはちょうど正反対のこの自己相対化こそが等身大の〈わたし〉を歌に定着し、歌の舞台を日常へと降ろしている。そしてまたこのような自己認識がたとえば永田紅の「人はみな馴れぬ齢を生きている」といったようなひとつの「思索性」であったり、あるいは、〈主知的〉〈理知的〉といわれるようなものの源泉にもなっていると思われる。

 

観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生

 

そしてこうした観点から改めてこの歌を眺めるとき、この歌にも同じ自己規定を発見することができるのである。君にとっては一日に過ぎないけれども私にとっては一生の思い出になるだろうという君と自己との対置の仕方にはわびしいほどの自己規定が働いているのであり、こうした自己規定の延線上に俵万智の〈砂浜のランチついに手つかずの卵サンドが気になっている〉〈「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日〉というような女の子のフラットな歌柄を発見することもできるのだ。

 

そしてまた、この歌が単独で取り出されてきたときには「君には一日我には一生」という語順が最大限に生きることになる。いつか小池光が「我には一生君には一日」であったなら名歌にはならなかったというような指摘をしていたことがあって、これ、本当にその通りだなあと思って、「君には一日」が最後に置かれると、すごく恨みがましい歌になってしまう。けれども「我には一生」が結句になることで、私の側の切なさが昇華されて想いの純度が上がる。その想いは一首として取り出されたときにどこまでも放たれるのである。

 

さて、ここまで挙げてきたような栗木京子の初期歌篇は、いま新人賞に応募しても即座に受賞できるような古びることのない精彩があるし、同時に誰もが通って来たと感じられるような青春というもののなつかしさがある。そしてここには現代短歌がある時期から常に新人に求めてきた一つのセオリーがあるのであり、では、なぜ現代短歌は常にここをこそ希求しているのか、なぜ、ここをこそ「新鮮さ」として承認するのか、ということを、和歌や近代短歌、あるいは前衛短歌やニューウェーブ短歌(と最近は言いづらくなってしまったが)あるいはここ二十年程で出てきている口語短歌の最前線とも比較しながら考えてみる必要を私は感じているのである。なんとなく王道のようにして据えられている、あるいはオーソドックスだと考えられている〈現代短歌〉は、それ故の怠慢によって実はあまりきちんと相対化されていないと思うのだ。

 

そしてまた〈観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生〉の歌は、これら初期歌篇と並べて置かれるときには、その等身大の自己規定によって慎ましく大人しい歌にさえ映るのに、歌集から切り離されることで和歌的な匿名性を獲得すること。このような匿名的な歌の在り方は〈現代短歌〉とは対置される存在の仕方になるのであり、この一首と『水惑星』という歌集がそれぞれに屹立するとき互いを相殺する関係であることをとても興味深く思うのである。