花山 周子


大松達知/四歳をぐぐつと抱けば背骨あり 死にたくないな君が死ぬまで

大松達知第五歌集『ぶどうのことば』(2017年・短歌研究社)


 

眠らない吾子に胡桃を握らせてやれば眠れり そんなのは嘘 『ぶどうのことば』

 

たとえば大松さんのこんな歌がとても好きなのである。
「小さな子供に胡桃をにぎらせたら眠った」という物語というより一つの詩が心に去来してやってみることがある。それは最初からほのかな歌心の発生でもあって、そしてだから、実際に眠ったかどうかは別にして、それで一首に仕立てたってかまわない。けれども、「そんなのは嘘」という。ここには、「オチ」的なノリとともに、子供はそんな大人の勝手な詩情に生きているわけではなくて、そういう事実のほうを大事に思っている潔癖さみたなものがはにかみながら差し出されてもいる。

 

海の上にも電波の淡き濃きありて濃きところにて妻とつながる 『ゆりかごのうた』

 

電波はふつう、弱い、強い、というけれど、「淡き濃き」と言われたことで海上における空気の密度みたいなものとして、そしてそれがまた心の濃淡のようなものとして見えてくる。こういうちょっとした言葉の斡旋から描き出される機微が本当にうまい。

 

大松さんの歌はこんなふうにいつも言葉の綾みたいなものを楽しみながら、そこにテレ隠れするような想いがあって、一読目ではそのユーモアが軽快であっという間に読まされてしまう。それから、歌集を二読三読していくときに、次第次第に打ち明けられ打ち解けてゆくような心の在り方がある。それは、ほとんど、人と知り合っていく時間のようである。

 

日本人として受け止めるお悔やみの言葉だれにも伝へることなく 『ゆりかごのうた』

 

東日本大震災のおりの歌である。海外の知人にとって「大松達知」はこのときお悔やみを伝えるべき「日本人」の窓口となっている。けれどもひるがえって、日本人であるところの大松達知は、日本のなかのただの一人でしかなく、直接の被災者なわけでもなく、その言葉を受け取ったまま「言葉だれにも伝へることなく」過ごしている。そういうとても曖昧な立ち位置みたいなものが、こんなに出ている歌はないなあと、今回読み返していて改めて立ち止まった。

 

ところで、大松さんのこういう饒舌なようで寡黙な、寡黙なようでとても心の通った歌はときどき本気で私を泣かせる。

 

流れ星いくつ流れてどの星が叶へてくれた祈りだらうか

いつか思ひ出すのだらうかおまへを抱いて玄関にずつとずつと立つてゐた夜  

『ゆりかごのうた』

 

一首目は、赤ちゃんが生まれたときの歌。「どの星が叶へてくれた祈りだらうか」という、それは子供が生まれた悦び以上の、切ないほどの想いで、こんなに率直に出生を詠った歌はあまりないように思う。

 

二首目の歌の、赤ちゃんを必死であやすとき、その場所は店の外であったり、夜の公園であったり、薄暗い玄関であったりする。赤子というものがつくりだすこうした特殊な状況は、そのただなかにありながら、ふいに、それが今だけであることを強く自分に思い知らせる。とにかく今はあやすしかない背に腹は変えられなさと表裏一体に切り立つそうした予感みたいなものが「いつか思ひ出すのだらうか」にはあって、そして、これが男性の、お父さんの歌であることに驚くのだ。

 

おまへを揺らしながらおまへの歌を作るおまへにひとりだけの男親

『ゆりかごのうた』

四歳をぐぐつと抱けば背骨あり 死にたくないな君が死ぬまで

『ぶどうのことば』

 

この二首のどちらを今日の一首としてあげたらいいか、未だに迷うのだが、どちらの歌もそこに反芻される想いは、当たり前のことの当たり前でなさ、そして、歓びと哀しみとが表裏一体であることの切り立った想いを削り出す。「おまへにひとりだけの男親」には、もうひとり母親があることの、その存在に対する遠慮みたいなものもありながら、そういう自分が「おまへ」の歌をつくる者であること、「ひとりだけの男親」であることを、そのような存在としての自分を砥ぎ出している。

 

死にたくないな君が死ぬまで」は強い矛盾を孕む。子供に先立たれることなんか望むわけもなく、けれども、その子の先の全てを見護りたくもあり、そしてそれが叶わないだろうからこそ、そう思う。そういう幾重にも反芻されていく想いがここでも鋭く砥ぎ出されていて、「ぐぐつと抱けば背骨あり」という、ここに在る、とてもはかなくて、そしてとても存在している子供の身体を感じ取っている。