魚村 晋太郎


ねむらないただ一本の樹となってあなたのワンピースに実を落とす

笹井宏之『ひとさらい』(2008年)

一本の樹は、なぜ眠らないのか。きっと、待っているからだろう。
樹は、その人のもとに歩いていったり、手をのばしたりできない。或いは、できるとしても、ずいぶん時間がかかる。

やっと、その人が通りかかったとき、樹は実を落とす。たぶん、団栗とか栴檀の実のような、小さくてつるんとした実だ。
その人は、気づいただろうか。
ワンピースの肩にふれた実は、ころんところがり落ちる。
小さな実のなかにはあらたな未来の可能性が宿っていたが、ついにその人のもとで芽吹くことはないのだろう。

さみしい歌だ。けれど、さみしいだけではない。
ワンピース、という、あかるくゆつたりした音の感じが、一首にやわらかな陽だまりのような印象を与えていることもある。
未来の可能性、と書いたが、主人公は何の可能性も、期待してはいないような気がしてくる。
待つこと、希うことの、素朴な典型がただここにある。

作者は2005年に第4回歌葉新人賞を受賞した。内面を見つめた、しかしどこかに風が吹いているような独自の作品世界は、多くの人の注目を集め、愛された。
同じ歌集には、「しっとりとつめたいまくらにんげんにうまれたことがあったのだろう」の一首がある。二度と人間としてここに生まれてくることはない。生きることの一回性を、静かに見据えた作者がいる。
2009年1月24日、26歳で亡くなった。

ご冥福をお祈りします。