岩尾 淳子


明けきらぬサントス港に船出待つニュークロップが青く匂へり

玉川裕子『ワンダーランドブラジル』(角川書店:2019年)

 

ニュークロップは収穫されたばかりのコーヒー豆。お米で言えば新米ということか。コーヒーの生豆はみずみずしいさみどり色。水分を多く含んでフレッシュな香りがする。いまは袋詰めされた生豆が青臭い匂いがサントスの港に朝をひらいてゆくようだ。サントスはブラジルの港湾都市。サッカーチームで有名だ。

歌をもう少し読んでみる。明けきらぬサントス港に船出待つ、と無理のない簡潔な描写で時間と空間が特定され、ひといきに日本から遠くはなれた外国の港の夜明けの時間が流れ始める。どうやら作者の関心はコーヒー豆の積み荷にあるらしい。港には大きな荷袋がいくえにも積み重なっているのだろうか。袋のなかにぎっしり詰まった生豆の香りが朝の空気のなかに青く香っている。このくっきりとした嗅覚を差し込むことで、歌にさわやかな空気を吹き込んでいる。嗅覚は動物にとってもっとも原初的な感覚といわれる。ここでも、青臭い香りをかぐことで、プリミティブな感覚が目覚め起動しはじめている。歌のリズムは力強く、実に生き生きとした喜びにみちており、読む者にも新鮮な気分をもたらしてくれる。

筆者を含めてほとんどの読者はサントスには行ったことがないだろうし、ましてや朝の港でニュークロップの香りを嗅ぐこともない。しかし、この歌を読むことでその場に一瞬佇んでいるような臨場感を感じる。それは錯覚だが詩とは本来、知らない世界や次元の異なる時間や空間を自由に行き来させてくれる表現ではないだろうか。ここでは「青く匂へり」のワンフレーズが読者を異世界にさそいこむ入口だろう。さて、このあたりで筆者もコーヒーを淹れてひとやすみしよう。

作者、玉川裕子は略歴によると珈琲商社勤務を経てブラジルへ単身渡航して、「コーヒー鑑定士」の資格を取得している。現在ブラジル民俗文化研究センター客員研究員。