岩尾 淳子


ゆらゆらとわれの寝覚めし朝焼けはほのおのようなダリヤのような

              富田睦子『風と雲雀』(角川書店:2020年)

こんな感覚で朝を迎えられたらきっと気持ちがいいんだろうな。眠りからゆっくりと水面に浮上してくるような穏やかな寝覚めは理想的だという。蘇生感が満ち溢れている。そして朝焼け。太陽という光体をまるごと抱え込んでしまうような大胆な官能があり、その至福感にあふれる表現にうっとりしてしまう。
この朝焼けは、光景として外にあるのではなくて、おそらくこの作者の内部に深くもともとあるものだろう。それは、ほのおのように、ダリアのようにあかあかと燃える力強さがあって、前向きで、周囲を照らす光源そのもの。この歌集を読めば、そのひかりが生活の、あるいは生き様の隅々まであまねく行き渡っている印象がある。

 

靴下よりシールをはがし朝靄のムーミン谷のようなさみしさ

 

ときおりこの歌のような繊細な感覚がほっそりしたひかりのように差し込んでくる。静かでいいなと思う。新しい靴下を降ろすとき、張り付けてあるラベルをそっと剥がす。何かから大切なものを剥がしとってしまうことに、ふと違和を感じたのだろうか。その感覚を幼年時代の記憶のような比喩を使い、悲哀を漂わせながらもメルヘンチックな世界へと飛翔させている。日常から非日常へと世界がひろがってゆく。さみしさはここでは、新しい意味をあたえられてリリカルに弾んでいる。

 

マスカラを長く長くと塗る時に鏡の中に黒目狂気す

 

一読、驚いてしまった。眼球だけが取り出されたようで生々しい。幻想的な飛び方が自在なエネルギーを発散させている。自分の顔が他者になる瞬間。危うさを掬い上げながらユーモアもあって多彩な表現力に魅せられた。

しかし、なんといってもこの歌集の美しさは、繰り返し詠まれるわが子への包み込むような深い愛情表現にあるだろう。子どもの成長する姿や、季節に寄りそいながら、さまざまな比喩によって変奏されてゆく韻律の響きをたっぷりと味わいたい。

 

子を呼んで抱きしめるときすうすうと夏のかいなはかろやかな枝