はかなしな夢にゆめみしかげろふのそれもたえぬる中の契は

藤原定家(引用は塚本邦雄『定家百首』河出文庫:1984年による)

 恐ろしい歌である。声調のよさに乗せられてスイスイと読めてしまうが、幾重にも重なった紋中紋の入れ子構造になって、それがすべて夢の夢とばかりに虚しく消えてしまうさまは、ほとんどメタフィクションの域に達している。実を言えばこの歌をエピグラフにして「蜉蝣夢譚(ふゆうむたん)」というそれこそメタフィクションの、幾重にも重なった語りが騙りに変わってゆき、ついに何もつかめないような小説を書いてみたいと念じ続けているのだが、生来の怠惰もあってかなわずにいる。

くり返し春のいとゆふいくよへて同じみどりの空に見ゆらむ 同上

糸が遊ぶと書いて、いとゆふ。または「いという」。これも蜉蝣のことだが、虫の蜉蝣だけでなく気象現象の陽炎のこともさす。ここでは陽炎のほうを言っているらしいが、やはり魔術的な韻律ですべてが無に帰するような永劫回帰のゆらぎを味わうようである。「みどりの空」と言われると蜉蝣のほうの羽色も思い出される。