吉田隼人


「東京に生まれることも才能」と言いし人ありわれもしかおもう

松木秀『色の濃い川』(青磁社、2019年)

 東京(近郊)に生まれ育つことも、実家が「太い」ことも、才能のうちなのだなとつくづく思わされる。もちろん東京に生まれ育つことで被る不利益だってたくさんあるのだろうけれど、「中央」に出ることがまず第一の関門になるような分野では間違いなく才能の部類だ。自分も福島から大学進学で上京してきたくちなので、一人暮らしの気ままさを知れた反面、東京に実家があればどれほど経済的に有利であったか考えずにはいられなかった。

理科系に進んでいればあるいは、道はまた違ったのかも知れないけれども、人文学を専攻してしまうと田舎では研究が難しい。短歌も含めた文芸にせよ、「中央」に身を置かないことから生じる不利益は数え切れない。「われもしかおもう」の他人事のような、それでいて妙な力強さを感じさせもする──しかしアイロニーを含まないわけでもない──調子に、おもわず「われもしかおも」ってしまう。ひらがなで、文語だけれど新仮名で、8音の字余りになっていて……という結句での回収のうまさには舌を巻く。