いななきて馬はめざめぬみすずかる信濃高原しなのたかはら雪真白なり

池上鎌三(引用は今道友信『知の光を求めて』中央公論新社:2000年による)

 池上は東大哲学科の教授を務めた哲学者。『知識哲学原理』などの著書があり、マルクスに対する見解は厳しかったようだがマルクス主義の哲学者・廣松渉は彼の講義にもぐり、著書を愛読していたという。その廣松より年長の今道友信は戦中に東大哲学科で池上からも教えを受けている。その自伝的著書で引かれていた歌。

 とにかく声調がよいのに惹かれる。「みすずかる」という枕詞はこう使うのだというお手本のような歌である。馬の描写は「いななきて馬はめざめぬ」までで完了してしまっているのだが、ほぼ意味内容のないに等しい「みすずかる」以降もずっと残像のように、というよりは残像と言うよりはあまりにも濃く映像が浮かび続ける。しかし信濃高原というのでカメラが引いていき、「雪真白なり」で一幅の絵のように締めくくられる。哲学者の歌を多く紹介してきているけれども、理屈っぽさも過度な心情の吐露もなく、よい一首といえる。