ひろびろと夕さざ波の立つなべに死魚かたよりて白く光れり

古泉千樫(引用は『古泉千樫歌集』岩波文庫、1958年による)

 明るく広がってゆくような一首のなかで、「死魚」だけが異質な光を放っている。否、闇を……? いずれにせよ、雄大な詠みぶりから始まる。「ひろびろ」「さざ波」と反復表現が続き、波、なべ、とナ音が重なり、まさに波のように音が広がっていく。

しかしそこには死魚がある。かたよりて、というから一尾や二尾では済まないのだろう。たくさんの死んだ魚が打ち上げられて、だが白く光っている。波打ち際の一隅に、魚たちが「かたよりて」死んでいる。だがその死はひろびろと広がる海の夕景にあって、白い輝きを放っているのだ。死の輝き。死の光。それはどこまでも広がる自然のなかで、繰り返される世界のリズムのなかに組み込まれた死の姿なのだろう。