目の前のすべて可愛いものたちよパジャマの柄よいつかさよなら

            小川佳世子 『ジューンベリー』砂子屋書房 2020年

 

この歌に出会って硬いあたまをこつんと突かれた。「目の前のすべて可愛いものたちよ」という世界への手放しの礼賛だけでも新鮮なおどろき。朝からどんより曇っている雨雲が、さあっと引いて行って光がさしむよう。たちまち雨に濡れた木や屋根や電線がきらきら輝きだした。こんなふうに世界と向き合えたらどんなに素敵だろうか。

さらにそこから関心はパジャマの柄に飛び込んでゆく。そういわれてみればパジャマの柄はたいてい淡い花柄や、水玉模様、あるいは愛らしい動物があしらってあったりして可愛らしい。パジャマはやすらかに眠るための衣服だろうけど、病気などで入院したときにも着ることになる。いずれにしても、いちばん身近で自分の身体を守ってくれる衣服。その模様への着眼のありようが自由でのびやか。

この歌では、もっともシンプルな衣服であるパジャマの柄という表象に世界のすべてを託すことで、生きることそのものが軽やかにデフォルメされている。それは、思うにまかせない地上の生活からひととき心を放つ抽象の翼。現実からすこし距離をとる聡明な視点がこの歌の核にあるように思う。

さらに自在な感じをもたらすのは「さよなら」への飛躍のすずしさ。ここに濁った苦悩はもうない。すきとおった断念がいわせる「いつかさよなら」。だけど、いましばらくは目の前の全てを、その輝きを愛さずにはおれないだろう。その思いが切なく響いて忘れられない歌になった。

 

夏まつりの日は昨年も暑かったまだ胃があった夕暮れだった

 

目次をみるだけでも何度もの入退院が繰り返されてその人生は尋常ではない。偶然とはいえ、この作者にとって身体とは、世界の苛酷さそのもののようにも思える。一言では言えないほど人の何倍もの負荷を抱えながら、その現実を表出する言葉はあくまでも軽やか。口語の明るさがよく引きだされている。

できるだけ重さを消して、流れるようなタッチで日常を描いてゆく。まさに、流れのように日々を見る眼差しがあり、その流れのなかに一瞬、雨や花や人があざやかに明滅してこころを照らしてくれる。

 

開花まであと二か月というところ雲の流れに置かれる花芽