吉田 隼人


鳰どりは水にもぐりてみづになり浮き出でてみづは鳰どりになる

小島ゆかり「哲学と株」(『ねむらない樹』vol.2、書肆侃侃房:2019年)

 鳰は「かいつぶり」という鳥だ。よく町中の池などにいて、鴨などと間違われやすいが上半身を丸ごと沈めるような泳ぎ方でエサの魚をとる。水に潜るとカイツブリはほとんど姿が見えなくなってしまう。それを「みづになり」とまで言う。実際、カイツブリがエサを採るところを見たことがあるが、ほとんど水に躯を沈めてしまう。

しかしそれも一瞬のこと。カイツブリは魚をつかまえ、あるいはつかまえそこね、水から勢いよく身を上げる。それは「みづは鳰どりになる」と言いたくなるぐらいに唐突なものだ。

ひところ、住んでいた部屋の近くでカイツブリのたくさんいる公園に遊んだことがある。カイツブリが水になり、また水がカイツブリに戻る。その姿を延々と見ながら酒を飲んでいたことがある。酔っているといよいよ、鳥は水になり、水は鳥になるように見えるものだ。