吉田 隼人


はるのゆき 蛇腹のカメラ構えてるけど撮る方が笑っちゃだめさ

穂村弘(『新星十人』立風書房:1998年)

春に雪が降ったときの高揚感は何だろう。桜に雪という光景など見てしまうと何か居ても立ってもいられないような気持ちにさせられる。冬はまだ終わっていなかったんだ、というお祭り感のようなものが大事なのだろうか。春は春で生き物たちがいっせいに芽吹いてお祭り感のようなものがないわけではないのだが、雪景色ほどの非日常感は醸し出せない。

蛇腹のカメラで撮られたことがあるような気もするがないような気もする。何にせよ蛇腹のカメラ(写真機とでも呼びたくなるような)はきっと撮る側も撮られる側も、おかしくてたまらないだろう。お互いに笑うのをこらえて、我慢比べのようなものか。春の雪にせよ蛇腹のカメラにせよ、穂村さんの歌のおもしろいところ、というか自分の好きなところは非日常感にある。非日常なのだけれど、現実と隔絶されたような非日常ではなく、現実と地続きの非日常感にこそ楽しさの源があるように思う。