岩尾 淳子


あの赤いプラダの財布よかったな買おうかな働いて働いて

           北山あさひ  『崖にて』 現代短歌社 2020年

 

ウインドーショッピングをしていて、つい目を留めてしまう赤い財布。それはプラダだから10万円近くしたのだろうか。とてもその場では買えないけれど、そうだからこそ、いつまでも心に残るもの。10万近くなら、お金を溜めれば買えないことはない。ああ、棚の財布のきらめくこと。

気に入ったものというのは自分の延長みたいなところがあって、できるならそれを手元に置いておきたい。ここではそれは、まだ自分の所有にはなっていないのだから、その思いはずいぶん切ないことだろう。わたしたちにとって消費生活は、生きることとほぼパラレルなもの。この歌には、消費というだけでは片づけられないピュアな感情が流れている。生きてゆくことのささやかな希望や、苦い断念がかろやかな口調のなかに織り込んである。結句の「働いて働いて」には、つらさよりも、どちらかというと自分を叱咤するような思いが滲んでいて、不思議に励まされる気持ちがする。

 

ひこうき雲のびてゆく空わたくしは理想のラーメンを想い描く

 

連想に躍動感があって楽しい。たしかに飛行機雲は伸びるから、ラーメンの麺に結びついたのかもしれない。それにしても、空にひろがってゆく飛行機雲はさわやかだし、そこから連想される「理想のラーメン」という言葉にも、ラーメンへの限りない愛やリスペクトを感じてわくわくする。どことなく明るい想念のありように、生きることへの前向きな姿勢が透けて見えて心地いい。独特のユーモアのセンスに確かな力の輝きがある。

 

ふるさとのあのバス停のさみしさが揺れるわ新宿なんかにいると

 

一日に数便のバスしか停まらない田舎のバス停。人がバスを待っているというより、バス停そのものがいつかくるか来ないかのバスを永遠に待っているような気持ちさえする。そんなバス停は全国の田舎に数限りなくあるはずだ。それを思って、しんみりと読んだ。新宿には巨大なバスターミナルがあり、おそらく作者はそこに立っているのだろうか。大都会のなかにいる寂しさと、心のなかの故郷のさみしさが二重になって詠まれている。都会の喧騒の中にふるさとの寂しさを想うことで、みずからの出自を痛切に噛み締めている。通り過ぎることのできない歌だった。