永井 祐


ローソンのドアが手動で開けながら佐藤優の猫のことなど

山川藍『いらっしゃい』

 

たとえば下句の展開に初読のときから、今見てもおどろきます。
いちおう、「など」の後に(を思った)とか、(が頭をよぎった)が省略されている感じなのかと思います。
ランダムに物事が意識にのぼることって、ありますが、そのランダム性みたいなものがそのまま歌に入ってきているような感じがします。

それでも考えてみると、「手動」だったことは「佐藤優の猫」のトリガーにはなっているのかもしれない。
コンビニのドア、わりと重くて勢いよく開けるものでもないから、1秒くらいのその作業時間に変なことを考える。これはわかる気がする。
とはいえ、それが「ローソン」だったこととか、そしてもちろん、なぜ意識にのぼったことが「佐藤優の猫」だったのかということは、とても説明できない。ロシアや外務省について考えてみてもやはりわかってはこない。

上句と「佐藤優の猫」が無関係というよりは、関係があるんだけど、それが複雑系になっているということなのかと思います。
複雑系。ウィキペディアの説明をコピペしましょう。ちなみにわたしは詳しくわかってません。この件に関するクレームはご遠慮ください。

 

複雑系(ふくざつけい、: complex system)とは、相互に関連する複数の要因が合わさって全体としてなんらかの性質(あるいはそういった性質から導かれる振る舞い)を見せる系であって、しかしその全体としての挙動は個々の要因や部分からは明らかでないようなものをいう。

 

この「全体としての挙動」が「佐藤優の猫」にあたり、「個々の要因や部分」がローソンのドアうんぬんになるかと思います。
要するに「佐藤優の猫」が出てくるシステムがあまりに複雑すぎて、個々の部分を見てもよくわからない。
わたしからするとこの上句と下句の関係というのはこんな感じに見え、そして人の意識ってそんなもんだよねということもあり、だから「リアル」であるということも言えるのかと思います。

そして、こういう歌のあり方は破壊的というか、何か野蛮さを宿しているという感じがして、そこが魅力的です。
上句と下句の心情とかイメージの繊細な照応みたいなものがふっ飛んでしまうような。本当はこちらの方が、単純化せずに複雑な系をそのまま守っているのかもしれないですけどね。

「佐藤優 猫」で検索すると、けっこう多く記事が出てきて、動画もあったので見てみました。飼い主に似ていた。