俺もオレもここに居るぜとウインクす日よけに植ゑしゴーヤーの子ら

秋山 佐和子 『豊旗雲』 砂子屋書房 2020年

 

かつてゴーヤーマンというのもいたけれど、緑濃いイボイボ姿の苦瓜は、いかにも「俺」と言いそうだ。

グリーンカーテンとばかり、日よけ用に植えたゴーヤーが実って、幾つも顔を覗かせている。そして、それらが「俺もオレもここに居るぜ」とウインクするという。やんちゃ坊主たちの励ましである。元気を出さなくては、と思ったことだろう。

夫の病が膵臓癌で肝臓にまで転移していて、手術はできず、抗癌剤治療によってあと1年か半年と余命宣告を受けたのが、2013年の晩秋のこと。夫は治療を受けつつ、病院の院長としての仕事をできるかぎり続けることを選択した。その夫に寄り添うなかで歌は詠まれている。

少しでも夫の身体に良い新鮮なものを食べさせようと、妻はベランダ菜園で野菜を育てては食卓に供す。

 

草色の布に包める夫の昼餉 ベランダ菜園のパセリにラディッシュ

きうり用の網を明日は求めむか空を探れるあまたの蔓へ

ゆふべ煮付けし茄子とズッキーニよく冷えて蕎麦のお菜に夫のよろこぶ

 

ベランダではパセリにラディッシュ、胡瓜、さやいんげんも収穫できたようだが、ゴーヤーは食用と言うよりも日よけ用だった。作者にとっては、思いがけない恵み。緑濃いイボイボ君たちは、「俺たちもここに居るぜ」と夏の陽差しに光ってみせている。頼もしい味方を得たようなひとときだったにちがいない。

 

前あきのテープに止めるシャツがよし胸に点滴用の穴あけし夫

アナベルと小さく呼べば紫陽花の薄水色の花鞠ゆらぐ

 

夫の病状は少しずつ進み、胸に点滴用の穴をあけた。その歌につづく「アナベル」の歌。

アナベルは、白い花を咲かせる紫陽花の品種だが、この時の作者には「薄水色の花鞠」と見えている。少ししめやかな色合い。「アナベル」と小さく呼びかけて、「胸に穴をあけたんだよ」と夫の病状を知らせたのかもしれない。紫陽花は花鞠を揺らすことで、それにそっと応えてくれたのだろう。

人には言えないことを黙って受け止めてくれるものの存在は大切だ。苦しさを抱えているときには、特に。

限られた命を生きる夫に寄り添い、なんとか頑張ろうとする日々に、身のまわりの植物たちが見せてくれたささやかな励まし。その励ましを感じながら、ともすれば落ち込みそうになる気持ちを引き立て引き立て、妻は夫に柔らかな笑顔で向き合おうと努めたことだろう。

病気が分かった翌年11月3日に、夫は永眠。享年67だったという。

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