永井 祐


春に向ふ夕空なごむ丸の内植木鉢をかひまた飴パンを買ふ

土屋文明『山谷集』

 

 

なんとなく良い気分の歌、という感じがします。
いい買い物して、見上げると夕空、ここは丸の内、グッドバイブス、みたいな。

上句だととりあえず「丸の内」が目につく。
短歌で固有名詞を出すとよくも悪くも、そこに現実世界へのハイパーリンクがはられ、検索可能になる。ラップでいうネームドロップみたいなこと。
これは昭和7年の歌。
「丸の内」のイメージも違うのかなと思って、検索してみると、なんだろう、原型的には変わらないのかもしれないですね。
都心。東京駅がどんとあって、重要オフィスビルがたくさん、近くには官公庁の建物も多い。

わたしはこの歌、「丸の内の夕空」というところに感じるものがあります。
都心の夕空。空は狭いけれど、ビルがきらきらしたりして思った以上にきれいなもの。

下句は買い物をフィーチャー。「~を買ふ」という形を二回使って、一つ一つ言う。
「植木鉢」と「飴パン」は並列になり切らない感じがいいような気がします。
二つは値段も商品の種類も違って、買い物としての位相が違う。「植木鉢」をメインに買って、ふと興が乗って「飴パン」も買ったという感じなのかと思います。「また」という語が入って、そういう呼吸を作っている。散文的でありつつ、機械のように買っているのではない。心の動きがある。

この歌、韻律的に伝わるところが大きく、初句「春に向かふ」が6音でちょっと動きがあって、「夕空なごむ丸の内」は助詞抜きと体言止めで7・5ぴたり。韻文的な調子。気分がよさそうなのはここから伝わる。下句でトーンが変わり、音数は8・9で語調は散文的、しかし印象としては破調というより、上句のなめらかな流れを受けた上でのおおらかな韻律になっているように感じる。

こういう流れが面白い歌だと思います。

連作では一つ前が次の歌。

 

瀬戸ものをつみし空地にホテルより捨てし湯ふみ越す夕べあたたかく

 

空き地で開かれていた瀬戸物市で植木鉢を買ったということなのかな。
これも都会の春の夕べの歌。ホテルからお湯が流れてきているというのが、気になるしなにか気分があります。「あたたかく」が結句にくるのが印象的。