阿波野巧也『ビギナーズラック』(左右社)
一首から季節感を推しはかることはできないが、春の歌として読んでみたい。居酒屋に行くのはたいてい夜だから、「夜の」とつけなければ「居酒屋に」という初句で定型に収まるけれど、「夜の居酒屋」という初句だからこそ、絶対にいい。こうしてはっきりと明言されとらえ直される「いま・ここ」であるということ、初句七音のあふれるような、すでにここにはよろこびがある。これを春のできごととして読むならば、たとえば新歓などでわいわい飲んでいるところ、ラストオーダーも終わり、お手洗いに立つ人も増え、空いたグラスも目立つ、一軒目なのにぐでぐでの人、いよいよテンションの高い人、とにかくもうみんなまとめて店を出ないといけない、というあたりで誰かがふいに「ひとり◯◯円です!」と声を張る。ゆるんだ雰囲気にあかるい声が響く。思えば、居酒屋、はじける、暗算、ザ行の音ががやがやしたその場のノイズ感をあわしているようだ。そんななか突如響いたその声に、おのおの財布を取り出して小銭を数えている。
それはまさに「はじけるような暗算」、そうひとたび言われればもうそうとしか呼べないような、そこにはあかるさがある。見せつけられる、という語感にここではネガティブな感じは一切なく、だってそれは「はじけるような暗算」であるから。それなりに大規模な飲み会であれば、そのはじけるような一声によって導かれた「〇〇円」という数字は各テーブルに伝播し、きっとその数字をたたき出した人のテーブルへとお金が回ってくる。集まったお金の計算もうまくこなしてくれるだろうと踏んで。
四月と言えど、夜にはけっこう冷え込むからと上着を羽織る人、パーカーのまますっと立ち上がる人、順々に店の外へ出る。春の夜風が酔った身体にひんやりと気持ちよく、そのまま二次会へ流れる組、なんとなく店の前に溜まったままおしゃべりをしていていつのまにか二次会へ行きそびれ、連絡して合流することももちろんできるけれど、じゃあこっちはこっちでカラオケ行きますか、いやうちらはいいやーもう帰るわ、お酒はたくさん飲んだから、と散歩しながらぶらぶらする組、みんな気づけばばらばらに、どこに流れてゆくのか、春の夜はあたたかいから身を縮こめて駅へ急ぐ必要はなく、まだまだ夜は長い、楽しい時間はつづく、そんなふうに勝手に若者のそれこそはじけるような春の夜を想像してうれしくなった。はじけるような暗算を打ち出したその人は、いったいどこへ合流したのだろう。こうして春の夜にも、いや春でなくとも、夏でも冬でも秋でも、そのあわいでもいい、いつであってもいい気がしながら、いつだってその人には、はじけるような暗算をしていてほしい。
はからずも春のあなたははったりのうつくしくってねむる犬だね
