久我 田鶴子


ありふれた土器のかけらのような午後黒ビールなどちょっと思った

坪内 稔典 『雲の寄る日』 ながらみ書房 2019年

 

口語の歌でありながら、大人の歌。自在な感じでありながら、定型にピタリと収まっている。

「ありふれた土器のかけら」に喩えられた午後とは、どんな午後なんだろう。縄文や弥生時代の、赤茶けた土器の風合いが思い浮かぶ。素朴で飾り気のない、それでいて時を経てきたものの持つ味わいが備わっていて、どこか懐かしい。晴れていて、土くさい風が吹いているような、ありふれた午後なのかもしれない。なにしろ「黒ビールなどちょっと思った」というわけなんだから。

大人の歌と思ったのは、「黒ビールなどちょっと思った」にある。アルコールが出てくるからではない。「など」と「ちょっと」の出し方が大人ではないか。余裕がある。

こんな午後は、黒ビールなんか飲みたいねと、ちょっと思ったのだ。ちょっと思っただけだから、実際に飲みはしなかったのだろうが、そんな気分のいい午後だったにちがいない。全体の軽やかな感じがまた、その時の気分を表している。

 

そら豆の緑みたいな感情をころがしている一人の夕べ

 

こちらは、「そら豆の緑」に喩えられた感情。

そら豆の緑は、薄緑と言ったらいいのだろうか、少し灰色が混じったような淡い緑色。ちょっとくすんでいて、落ち着いた色合いだ。そういう感情を「ころがしている」というのだから、そら豆の形も、たぶん青臭いような匂いも、意識されているにちがいない。

幼い頃、あるいは、ふるさとのことなどを思っているのかもしれない。そんな一人の夕べなら、少し寂しくても充実していそうだ。

比喩に用いられているそら豆の印象が尾を引いてか、この歌から私は生ビールなどちょっと思った。