尾崎 知子 『三ツ石の沖』 青磁社 2021年
感情を出さない女だと言われたのは、可愛げの無い女だと言われたのに等しいのかもしれない。
怒りや悲しみを表に出さず、ひとりでじっと堪えてしまう。もっと弱みを見せてくれたら話しかけることもできるのに、あれじゃあ取り付く島もないじゃないかと、たぶん周囲には思われていた?
だけど、そう言いたい人には言わせておけばいい。作者がそこでとった行動は、「片足上げて目をつむりて立つ」である。所謂「バランス」という運動だろうか。聞こえているけれど、それが何か? という態度。
実際には、感情を露わにしておかしくないような現実の中にいたのであろう。
感情をむき出しにせず生きてゆける排水溝から湯気の出る町
作者は、横浜市から湯河原町に移り住んだという。湯河原は温泉の町、「排水溝から湯気の出る町」だ。
環境が変わって、ここでなら「感情をむき出しにせず生きてゆける」と感じているようだ。自然にも恵まれた、ゆったりと時間の流れるところで、心身ともに落ち着いて暮らせるようになったのだろう。
水色のちやうちん袖のふくらみのなかにわたしの幸せありき
春近し姫鏡台の引き出しにビー玉かくしぬ七つのわれは
ちょうちん袖の膨らみや、姫鏡台の引き出しに隠したビー玉というのが懐かしい。作者の幼い頃に感じた「幸せ」のかたちである。そこからずいぶんと時間は経ってしまったのだろうけれど、幸せの原点のように今もこころに残っていて、それはある時、ふと思い出されたりするのだろう。