伊藤一彦 『月の雫』 鉱脈社 2020年
※「酒杯」に「しゆはい」、「射」に「い」のルビ。
「君と君抱きあひたまへ」だなんて、どういう場面かと思われる歌だ。
『月の雫』は、田中等の彫刻と伊藤一彦の短歌とのコラボレーションの一冊である。
この一首の田中の彫刻は、「MOON DANCE」。白い縦長の大理石が二つ、台の上に向き合うように立ち、それを人の姿に見立てれば腕のあたりで横縞の輪をかけられたように繋がっている。この作品に対して田中は、「マレーシア・ヤップ邸のオープンテラス ここに招かれた人々は月の抱擁とともに盃を傾け 常夏の夜に涼やかな時をすごす」とコメントを付けている。
この彫刻の写真とコメントに対話するように、伊藤の短歌は作られている。
彫刻とそれに添えられたコメントがもたらすインスピレーション。
「君と君抱きあひたまへ」は、白い石の造形に向けられている。そしてまた、田中のコメント「ここに招かれた人々は月の抱擁とともに盃を傾け」を容れながら、ここに招かれた人と人ということにもなる。
二つのものが抱き合ったまま月の光で射ぬかれるイメージは、石の彫刻と重ねられて、この世のものを超えた、なにか神聖な輝きを放っているようだ。
わざはひを黄金色に吸ひとりて深き闇もつ彼の世に送れ
この歌の元になっている田中の彫刻は、やはり「MOON DANCE」で基本的な造形は同じだが、こちらは金色のブロンズでできている。金色の半月が二つ向き合って、真ん中で繋がっているように見える。田中は「月は黄金色に輝く 廻りの様々を写しながら、月はやわらかく舞う」とコメントを付けている。
まさに「MOON DANCE」。黄金色に輝く月ということで、素材も石から金色のブロンズにしたのだろう。輝く金属面には、廻りのものが映りこむ。
この映りこみから、「わざはひを黄金色に吸ひとりて」に。この世の禍を月が吸い取って、「深き闇もつ彼の世に送れ」と月の光の舞いに合わせて、短歌は祈りへとつながる。
彫刻とそこに添えられたコメントとの対話は、どこか哲学的で格調が高い。
高校の教師になって初めて教えた人との、このコラボレーション。作者は、「教師冥利に尽きる」とあとがきに書いている。