トイレットペーパーの上の金属のやさしいゆがみ 熱帯夜だね

服部真里子『行け広野へと』

 

 

いい歌だなと思う。
とてもありありと、感触みたいなものが伝わってくる。
「熱帯夜」の歌で、最近は毎日暑く、たぶんそういう理由でこの歌が思い浮かんで引いているんですけど、
しかし感触としては湿度があまり高くないような気がします。少なくとも東京のぐだっとした暑さとは違っているように見える。

つめたく光る「金属」から「熱帯夜」が導かれるからでしょうか。
ここのところとても鮮やかです。
音韻的にも「の」を三回使った直線的な韻律の上句が、一息ついて四句でぐいっと曲がる。描写のスピードが変わって「金属」の曲線をなぞるように「やさしい歪み」が言われる。そのまま一字空けの間のあとに「熱帯夜だね」が置かれる。
思い切りがいい感じの構成で、勢いがあって読まされる。

トイレットペーパーの上の金属、ぐぐっと曲がっているあれがくっきり浮かぶ。
同時に金属が歪むというと、歪ませる熱のイメージも呼ぶのかな。
「やさしい」はうっすら「夜」にもかかり、また「~だね」の口調も親和したりして、そのへんのイメージの準備によって「熱帯夜だね」へのジャンプがきれいに決まるのかもしれない。

また、トイレというシチュエーションの要素もあるのかな。
これは外のやつでも、家の中のと考えてもいいと思いますが、
トイレでいきなりセンスがくることありますよね。
今まで対人モードで失われていたものがやってくる。ハイデガーっぽく言えば「ひと」の中へと滑り落ちていたところ、トイレにいっていきなり現存在の本来的な単独性に目覚め、存在に直面するみたいなこと。<やさしい歪み>や<夜>が訪れてくる。

「熱帯夜」の「熱帯」のも手伝うのか(実際は熱帯気候ではない場所だから成り立つ比喩ですが)、何かからっとした南国の夜みたいにも感じます。わたしは。

一瞬こういう夜を感じたい。

同じ歌集からもう一つ。

 

コンビニはひかりの名前ひとつずつ呼びかけながら帰路は続くよ

 

 

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