野田かおり 『風を待つ日の』 青磁社 2021年
後ろ姿を見送る。その人がもう戻ることはないと分かっている。葉陰が揺れているのは、別れの挨拶なのかもしれない。後ろ姿を見送ったあとには、ただ夕闇の庭が残されている。
「葉陰は揺れて」とあることから、夏の夕暮れのようだ。戻ることのない人は、亡くなった人のように思われる。
「うしろすがたに」とひらがな書き、字余り7音で、ゆっくりと1音1音を確かめるように始まった一首は、「もうそこに戻ることはない」と4句目まで続き、読点を打って、結句の「夕闇の庭」に。たっぷりとした情感をもって詠われている。
「戻ることはない」は、もう会えないということであろうが、「うしろすがた」を主体とすることで、氾濫を起こしそうな感情はぎりぎりで抑えられているようだ。
会ひたいと思へばみづに砂うごき金魚の影が腕にゆれたり
ここにも影の揺れがある。
会いたいと思うと、水の中に砂がうごき、金魚の影が腕にゆれた、という。
会いたいという気持ちに反応したかのような金魚の動き。それも、砂の動きによって金魚の動いた気配を感じさせ、腕にゆれたのは「金魚の影」。この実体がぼかされたような表現から、「会ひたい」と思っている相手は、やはり亡くなった人のように思われる。
ゆふぐれに呼ばるるやうに振り向けば木々のあはひをのびてゆく影
記憶とは揺れながら燃ゆる舟であり漕ぎ出すたびに夕焼けあなた
影と揺れとが、ここに居ない人を思わせつつ、作者にとって忘れ得ぬ人であることを印象づける。
そして、「夕焼けあなた」の鮮やかさ。燃えるように、もういない「あなた」の像が浮かび上がる。