久我 田鶴子


日本海の黒き水面をなめてゆく二十一海里の光達距離で

小山美保子 『灯台守になりたかったよ』 青磁社 2020年

 

「光達距離」という言葉を初めて知った。灯台などの光が届く距離を言う。

一海里=1852メートルということは、二十一海里は38892メートル。この灯台の光達距離である。

この灯台とは、出雲の日御碕灯台。出雲市在住の作者にとっては馴染みの灯台だ。

「日本海の黒き水面をなめてゆく」と始まった一首は、日御碕灯台の光が暗い海面を照らしてゆくさまを詠ったものだった。「なめてゆく」と灯台の光が擬人化されていながら、「灯台」も「光」も一首のおもてには出て来ない。代わりにあるのが「二十一海里の光達距離で」という専門性の高い具体である。灯台守になりたかったと言う人だけのことはある。

 

時雨降る日御碕灯台はや灯りフレネルレンズ音なく回る

 

「フレネルレンズ」も初めて知った。フランスの物理学者フレネルによる、平行光線を送れるレンズで、灯台で使われている。

日本海に降る時雨。11月頃だろうか。もうしばらくすれば、時雨は雪に変わるのだろう。そういう季節。

時雨のせいで暗くなるのも早く、あるいはいつもより早い時間から灯台が灯ったのかもしれない。フレネルレンズの仕事のはじまり。「音なく回る」のも頼もしい。

フレネルレンズ、灯台の光、密やかな仕事……。そうしたものに守られている暮らしのあること。

 

住むならば灯台がいい風生まれ風たどりつく風の岬の

朝な朝な波の音聞き風を読む灯台守になりたかったよ

 

この日御碕灯台には、私も一度だけ行ったことがある。灯台にのぼって日本海を眺めたのだが、思いがけないほどの強い風にあおられて飛ばされそうになったのを思い出す。まったくそこは「風の岬」だった。

ついでながら、日本の灯台守は、2006年、長崎県沖合の女島灯台を最後に消滅したという。