揉上もみあげはらないことに理髪師が同意したあと風が出て来た

岡井隆『暮れてゆくバッハ』

 

 

揉上げの処理について話し合い、合意に達する男たち。
なにか、いい感じにばかばかしくて面白い歌だなと思います。

わたしは髪を切りにいくとたいてい、~ヶ月分くらい短くしてください
みたいなことしか言わず、切ってくれる人にお任せするのですが、
そうすると、ほとんどの場合、もみあげだけは手つかずで残される。放っておくと短くしてもらえない。それで、終ったあとに「もみあげも短くしてください」とお願いします。
たびたびこういう経験をすることによって、逆に、男性にとってもみあげってセンシティブな場所なんだな、と思うようになりました。
男性ホルモンの影響が強い毛であることと、やはり関係があるんだろうと思います。

この歌にはそういう前提があるように思える。
揉上げをどうするかについて、しっかりとした話し合いを持ち、双方がメンツを保てるような形で同意しなければならない。おいそれと決められるものではない。
前髪も後髪も大切かもしれないが、揉上げには男性のナルシシズムに関連するセンシティブな何かがある。

「剃らないことに~同意した」という固い言い方がそのへんをあらわしていて、面白い。
美容師より理髪師のほうがわきまえていることなのかもしれない。
ばかばかしさとか滑稽さがあるような気がするのですが、それを見るのがこの歌の適切な読み方なのかどうかわからない。
そしてたぶん、そのへんがわからないから面白いのかと思う。

「風が出て来た」もなんとも言えないですね。
リアルに考えれば「同意したあと」なので、いまだ理髪店の中にいる。
ゆえに心の風なのかと思う。
「剃らないこと」が決定し、風が出てきた。
単純な言い方ですが、ポジティブな意味なのかと思う。わくわくする。飛翔の予感。揉み上げを長くして風の中を行く一人の男。
そういうニュアンスがあるかと思いますが、さらっとしてて品が良い感じがある。

自身の身を持って男性的ナルシシズムを「引き受ける/いじる」みたいなところの感じが絶妙で、面白く感じます。
同じ歌集からもう一首。「むろん」がノリノリで楽しい。

 

セントイグナチオ教会の昼の鐘が鳴るむろんわたしをなぐさめるために

 

 

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