山木 礼子 『太陽の横』 短歌研究社 2021年
「後ろ手に髪をくくれり」と、きっぱり2句で切った、作者の〈ならず者〉宣言である。
無造作に後ろに髪をくくった夜更け、さてこれから何をするのかと言えば、〈ならず者〉になって詩を書くのだ。
二人の男児を子育て中の作者。出産にも育児にも、東京大学文学部卒の学歴など何の役にも立たず、ひたすら子育てと家事に追われている毎日。職場もしだいに遠のいて、「届きたる長い手紙はうつすらと仕事やめよと読みうるやうな」という歌もある。
実際に子育ては格闘で、自分ひとりの時間を持つことなどできない。周囲からは無言のうちに〈良妻賢母〉を期待されている。
今もなお、女性にとって結婚・出産・育児は、それまでの人生をひっくり返されるような出来事だ。そこをなんとか踏みとどまって、自分のしたいことをしようとするなら〈ならず者〉にでもなるしかない。
作者の〈ならず者〉宣言の背景には、かなりの煩悶とその末の覚悟があったはずだ。
ひとりとは自由の謂だバーガーの包み紙ふかく顔をうづめて
地下鉄でレーズンパンを食べてゐる茶髪の母だついてきなさい
だれからも疎まれながら深々と孤独でゐたい 月曜のやうに
自由と孤独を求める、ひりひりとした感情。それでも、子育てを投げ出すのではない。地下鉄でレーズンパンを食べる茶髪の母は、獅子奮迅の姿であるが、「ついてきなさい」と頼もしい。
口紅とたばこのいづれ長からむ宵の川辺をどこまで歩く
婚や子に埋もれるまへの草はらでどんな話をしてたんだつけ
口紅もたばこも手放さない。結婚や育児に追われる以前に大切にしていたものを思い起こし、断絶されたかのようだった時間を自らのなかに呼び戻す。結婚も育児もどうってことないよと言えるのかどうかは分からないが、それに左右されずに貫くものを手にする。その先に開ける道は、もう見えているようだ。
価値観のことなる風がぴうと吹く レモンの月に見下ろされつつ
このつぎに産むなら文字を産みたいわ可愛いばかりのすゑつこの「雪」