おめでとうおめでとうって笑わないひとりの顔を目がすっと追う

竹中 優子 『輪をつくる』 角川書店 2021年

 

集まった人たちが一様に「おめでとう」と言って笑っている。その中で、一人だけ笑わないでいる人。その人の顔を目がすっと追う。

「目がすっと追う」という表現は、その人の意思とは関係なく、目だけが独立して動いたような印象である。「わたし」という者が、見るだけの存在になっている。

集団でいるときの人の行動。周囲に同調して、同じような行動をとる。そういう中で、一人だけ違う行動をとる人がいたとしたら、観察者の目に留まるだろう。その人がいったいどういう人なのか、どんな考えを持っている人なのか、気になる。「目がすっと追う」ことになる。

 

笑ってたひと俯いてイヤフォンを耳に差すとき表情はある

 

こちらの歌は、さっきまで笑っていた人がその後に見せた表情だ。

「俯いてイヤフォンを耳に差すとき」には、周囲にいる人の存在は消えて、ひとりの顔になる。そこに表情があると見ている作者。

では、笑っていたのは表情ではなかったのか。周囲に合わせて、笑っている顔をつくっていただけのことなのか。作っていた笑顔は、表情とは言えないのか。たぶん作者の答えは、表情とは言えない、なのだろう。

人と人とが、その関係性の中で見せる行動や表情に、敏感な作者であるようだ。人間関係で傷つくこともたくさん経験してきているのかもしれない。

 

教室にささやきは満ちクリップがこぼれてひかる冬の気配よ

目を伏せて歩く決まりがあるような朝をゆくひと女子の輪が見る

よく似てた、友達だった、似てるって言われて顔を歪めたあの子

女子が輪をつくる昇降口の先、花はひかりの弾薬庫として

 

教室にあった光景、学校で時々見かけた光景。その中の一員でありながら、馴染めずに眺めていたものが呼び起こされる。その時の私は、輪から除け者にされることを怖れつつ、どこかで輪をつくることを軽蔑していたような気もする。女子だけの輪は、花のように明るくて、弾薬庫のような残酷さも孕んでいたのだったか。

 

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