ウィンドーに映る女の奥行きに鳥らしきもの少し歪んで

松本 実穂 『黒い光』二〇一五年パリ同時多発テロ事件・その後 角川書店 2020年

 

作者は、2002年にワインを学ぶために渡仏。リヨンで暮らし、2012年より作歌をはじめ、カメラマンという顔も持つ。2015年11月13日にパリで同時多発テロ事件が発生したときには、娘がパリにいてなかなか連絡が取れなかったという。この歌集は、17年4ヶ月のフランス滞在を終えるのを機にまとめられ、写真集とも紛うような一冊になっている。

この一首は、右ページに一首だけで組まれている。

ウィンドーのガラスに映り込んだ女、その奥には鳥らしいものが少し歪んで……。まさに、カメラの目で捉えた歌である。結句は「少し歪んで」と言いさしになっている。お終いまで言い切らず、含みを持たせたかたちだ。

左ページに写真。

ウィンドーのガラス越しに、テーブルセッティングされたレストランの中が見える。そして、ガラスにはカメラを構えているらしき人の姿が大きく映り込んでいる。それは、たぶん作者なのだろう。だが、いくら眼を凝らしても、鳥らしいものは見えない。

歌と写真とは緩く関連し合いながらも、互いが互いの説明になることはない。それぞれに独立して楽しめる。他の歌と写真もそのような感じで一冊は出来上がっている。

さて、この一首にもういちど戻ろう。「ウィンドーに映る女の奥行きに鳥らしきもの少し歪んで」と、言葉になっているのはそれだけだが、その時のフランスの空気も映り込んでいるはずだ。パリ同時多発テロ事件後のフランスである。女は、そこにいた「わたし」だ。そして、少し歪んではいても、空に羽ばたく「鳥らしきもの」の存在には希望が託されているように思われる。

 

黙禱の後にニュースは戦闘機十機の空爆をたんたんと告ぐ

貼られゐるアフリカ地図に道のない道をなぞれり武器のゆく道

一本一本が戦死者といふ都合よき噓を聞きつつ雛罌粟の中

十七歳からの入隊募集あぢさゐは首を伸ばして夏に枯れゆく

五時間を滞在許可証申請の移民の列にわが並びゐき

 

これらもすべて、パリ同時多発テロ事件後のフランスである。分断されることのない世界を願いながらも、それが単純には手に入らないことを現実の一つ一つが見せつけているようでもある。

そして、現在のパリは……。パンデミックの終息が明らかにならない中で、次のオリンピックに向けて、たぶんもの凄い勢いで動いているのだろう。

 

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