永井祐『広い世界と2や8や7』左右社,2020
断崖絶壁にちょこんと立っている「ヤギ」の画像を思い出す。
われわれにんげんはふだん、そのような危ないところに進んで身を置くことがないし、例えば「崖っぷち」は、ぎりぎりの状態を表すことばとして存在するものだから、みずから好んでそこに居る「ヤギ」のことを、語り手はちょっとばかにしている。
こんなにはっきりと語り手の指し示す光景を思い浮かべることができるのに、そもそもこの作中の主体の状況はまったくわからないし、連作からも読み込めません。
だけど、切なさがユーモアに絡めとられて浮遊しているのはわかる。
それは、四句目の「ヤギの画像が」までは韻律を律儀に守っているのに、結句「たくさん出てくる」だけは字余りで、「る」がちょっとはみ出ていることに起因していると思っていて、
その余分な音韻は語り手のとぼけた声とともに際立って、ぽっかりと浮いている。
だからこそその声色は、読み終えてからも時間が経てばたつほどに、小さな波紋のようにひろがって、じわじわと読み手に効いてくる。
それは確かにまぬけで、けれど一瞬の緊迫ののち、ユーモアが澱のように溶けのこる、このうたの内容とそのまま呼応しているようです。