日向輝子『朱花片』角川書店,2019
作中の主体ははじめ、下を向いている。あるいは俯いている、とも言うことができるかとおもいます。
読書にしても、考えごとにしても、にんげんの俯くのはたいてい、じぶんの世界に深くふかく入り込むとき。
そこに、なにかの「声」がしたので顔を上げると、「柘榴」の真っ赤な裂開をふいに目撃する。
「声」の持ち主は最後まで正体不明です。(臆病なわたしなどは、くちの真っ赤に裂けたおばけのことなんかも彷彿とさせられるのですが、)
曝け出された柘榴の、ややグロテスクな赤い実のひかる瞬間というのはいっぽうで、とてつもなく美しい光景を捉えてもいる。
上の句と下の句が倒置の関係にあるので、正確には出来事の内容を過不足なくわたしたちに語りかけているというのに、
この歌は、まるでさいごに、語り手がふしぎと絶句しているかのようにも見える。
そのいっときの光景の輝きだけをわたしたちに指し示して。
「言葉を失う」は、衝撃や感動のあまりに発言できなくなることを指しますが、ここではそれが歌の形で体現されているかのようです。
その眩さを、その瞬間に感じる外界への、ほのかな怖ろしさをきちんと受け止め、見据えたうえで。