田部君子『田部君子歌集』池部淳子、池部道子編,1999
赤、もしくは白い椿の花が、土色の地面にぼとっと落ちる。そのとき、微睡む蝶の羽がふと動いた、という。
ただ美しいだけではなく、なにか不思議な吸引力を感じる歌です。
梅、桜、薔薇…等、多くの花は朽ちるとき、「散る」と言う。
河東碧梧桐の代表的な句に 「赤い椿白い椿と落ちにけり」がありますが、椿の場合、花びらがはらりと散ってゆくのではなく、萼を残して丸ごと「落ちる」。
わたしの住んでいた地方では、それがまるで斬首の光景を彷彿とさせるため、お庭に植えてはいけないよ、ときかされて育ったのですが、たしかに、ほかの花にはないその様子は、なんとなく不気味な感じもします。
そういうふうに、質量をもってぼとっと落ちる様子を、「土に吸はれし」と表現している。
わざわざ「土に」と書くことで、「つ」ばきお「ち」て「つ」「ち」にすわれし、の音韻に遊びがありつつも、
内容の面では歌の腰、三句目の「音ひとつ」の「音」が際立つのです。
それが、この歌の不思議な静けさを演出しているようです。
わたしたちにんげんも、うたた寝のさなか、何かに驚いたり、からだが突然ぴくっとする現象を身をもって感じたことがありますから、
この「ぼとっ」という音と、「ぴくっ」とする蝶の動きに、みずからが飲み込まれるような感覚もおぼえます。
そのとき、わたしたちはいつの間にか吸い寄せられているのかもしれない。語り手のみつめている、静謐でうつくしく、なおかつ、異様な世界へ。