自動巻き腕時計ってどういう仕組み? 勝ってうれしいサッコ&ヴァンゼッティ

由良伊織「よくできた蓋」『早稲田短歌』51号,2022

 

ちょっとこれはずるい歌。語り手のサービス精神が旺盛で、意味するもの、歌の内容よりも、その独特のリズムに心が奪われてしまう。

なので、上の句「自動巻き腕時計ってどういう仕組み?」は、本当にそう疑問に思っている、というよりかは、他者をはやし立てるコールのような煌めきを感じました。

「どういう仕組み?」でいったん読み手に余白を差し出すことで、わたしたちは一瞬、考える時間を与えられる。一字空けが効率的に活用されていてびっくりします。

 

そして、とつぜん「花いちもんめ」のわらべうた。かと思いきや、「サッコ&ヴァンゼッティ」。

サッコとバンゼッティは100年くらい前のアメリカで、殺人事件の犯人として嫌疑をかけられた2人のことで、明白な証拠がないまま処刑され、その後に冤罪が発覚したとのこと。

だとすると「勝ってうれしい」は(裁判に勝つ)の意味が込められているのかも、ですが、そもそも二人とも処刑されてしまったあとに無罪が確定しているのだから、「勝ってうれしい」のはなんだかちょっと、喜びの方向性がずれている気がする。「まけてくやしい…」どころの話ではない。

 

さらに、「じどう」「うでどけい」「どういう」の「う」と「ど」の畳みかけから、下の句の「勝ってうれしい」で7音なので、「サッコ&ヴァンゼッティ」も7音で拾わねばなりません。

実際の語句は「ざ・っ・こ・あ・ん・ど・ば・ん・ぜ・っ・てぃ」なので11音、かなり大胆な字余りに思える。

ただしこれを、ネイティヴ(?)のように流暢な発音をしてみると、なんとなくきれいな7音におさまる、気がする。してしまう。

 

すると、語り手の声色が下の句の途中でとつぜん変わるように感じる。わたしたちはびっくりして二度見する。

最初はよくわからなかった上の句も、この人なりの「花いちもんめ」の掛け声なのだろうな、という気がしてしまう。

 

他にも心惹かれた歌がいくつかあったので、以下に。

 

選挙カー、廃品回収、救急車、パトカー、帰ってきた選挙カー

強欲の程度は駅に出るもの ね ぺらぺらめくっていることりっぷ

政治家に抱かれている犬 政治家のことが大好き政治家の犬

 

これらの、しっかりとした諷刺をつつみつつ、その批評の方向性もふくめて、わけのわからぬままに納得させてしまう不思議な力。すっかり魅せられたのでした。

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