歌数首読みて心の静まれば銀のくさりを引きて灯を消す

田附昭二『造化』青磁社,2018

 

作中の〈私〉は歌を読んでいる。そうすることで、語り手は〈私〉の「心の静ま」る様子を詠っている。かれの「心」はそれまで、「静」ではないほうに動いていたらしい。

どうして、どんなことがあって「心」が動いていたのかは語り手は明らかにはしませんが、その明かされない、ということの妙味が、「灯を消す」ことで姿を消すこの歌には、しみじみ効いているようにも感じられます。

 

ともしびの必要な時間帯に身を置いている〈私〉の、ほの昏くて静かなその空間は、わたしたちにたった一つの実景を差し出します。それは「銀のくさり」です。

 

この歌の煌めきは、文字通りこの「銀のくさり」にあるのではないでしょうか、ともしびのプルスイッチを「くさり」と言い表すことで、すこし冷たい、そしてやや質量のあるものを、ゆっくりと引く様子が目に浮かびます。

 

そうして、「歌数首読みて心の静まれば」、わたしたちは、言葉を、音を、匂いを、舌触りを…新しい歌たちを読むごとに、そういった新しい何かを心身に摂りこむことで、世界の解像度がぐんと上がってゆくようなあの感覚を思い出します。

 

わざわざ「銀の」と言ったのは、歌の中へ煌めきを呼び込んだ、という読み方もできそうですが、それまで視えていなかった日常の景色の中に、じっとに潜んでいた煌めきを見いだすことのできた、ささやかな悦びのようなものも感じます。「歌数首読」むことを通して、そうして「心」の「静」かな場所へと立ち返られたことによって。

 

この星に来られて良かった、と感じるのは、世界の美しさや凄まじさに圧倒されるときだけではなく、そういった一義的ではない世界の美しさにふと気がついたときだ、ということを、しずかに、あたたかく思い出させてくれる、お気に入りの歌です。

 

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