ぼくらになかった未来かあ……ウケる 考える 電車が川を渡りきるまで

初谷むい『わたしの嫌いな桃源郷』(書肆侃侃房、2022年)

 

「最初から道が違」った、けれでも引き返してやりなおすことのできないものとして、たとえば人生がある。あるいは「ぼくら」の運命。

 

ぼくらになかった/未来かあ……ウケる/考える/電車が川を/渡りきるまで

 

と切って読んだ。「……」のをうけて「ウケる」「考える」の韻とスピードに引き戻される。「ぼくら」にはこういう未来もあったよね、とおもうとき、それはじっさいには「なかった未来」だし、これからもこない未来である。いい未来、わるい未来。なんとなくおもいえがいた未来、おもいもしなかった未来。

 

言われてこの「ウケる」には、おもしろがる気持ちにいくぶん嘲笑のこころまじる。別の道、そんなもんないよ、と一蹴するような。

 

でも、と考える。別の道、あったらなあ。こうはなっていなかった別の未来。ちがった「ぼくら」の未来たる今。おもってみる。どんなに幅のひろい川でも、電車はたちまち川を渡りきってしまう。

 

川を渡るとき、電車と橋がものすごい音をたてて、会話にならない。そのあいだだけ、すこし、自由になれる。そのみじかい異空間が、「なかった未来」と引き合うようにして、わたしをこの今から引き剝がす。

 

川を渡りきる。「なかった未来」なんて、やっぱりはなからないのである。「ウケる」には、希望のうらがえしのような自嘲さえ滲む。

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