山崎聡子『青い舌』書肆侃侃房,2021
夏のはじまりに、海でビニールシートを広げている〈私〉。すると、去年振り払いそびれた砂がぽろぽろと落ちてゆく。
語り手はその様子について「海開き」を「ひとりで」祝っているとうたいます。まるで何かの儀式のようです。
「祝う」ことが主題であるはずの歌なのに、それがひとりきりでなされること、そして砂を落としたり、振り払うのではなく、「逃がして」という言い回しが選ばれているところに、そこはかとないさびしさが付き纏います。
三句目「ビニールシート」では、二つの長音記号による字余りのために、音韻がまさにひろがってゆくようかのに感じられます。そしてこれは、じっさいにシートを広げる様子とも一致する。
ここでは「海」を「開」くという見えない力の動きと、作中の主体が「ビニールシート」を「広げ」るしぐさとが、次元を超えて重なり合うのです。
この歌の中では、作中主体だけが定点として存在していて、「ビニールシート」という言葉とアイテムを用いることで、開かれた「海」を祝うことや「去年の砂」を逃がすことを可能にしている。そうやって、それらを〈今〉へと繋いでいる仕草は、孤高なかみさまのようでもあって、夏の海の光景とともに、どことなくまぶしい。