櫛田如堂『よいむなや』(ながらみ書房、2022年)
帰省の旅だろうか。二日、三日の小さな旅である。その旅を「夢のやうにたのしかった」と言う「をさな」(幼)、そのことばにうたのわたしは立ち止まる。
「夢のやうに」という言い方がある。夜、ねむりの間に見る夢ならば、いいのもわるいのもあるから、もうひとつの夢だろう。未来、将来、こうなりたいとか、こうありたいとか、そういうふうにおもいえがくものとしての夢である。「夢にもおもわなかった」と言ったりする、あの夢である。
夢というのは、かなわないからこそ望み、ありえないからこそ思いが深くなる、そういう一面をもつ。すると「夢のやうに」とはいくぶん切ないことばである。こんなたのしいことはもうないと言うような、あるいはこれを現実とはおもわれない、今だけの儚い時間であると言うような。
そんなことばが、「をさな」から発せられたところに、はっとするのであり、返すことばに詰まるようなところがある。
いっぽうで「夢のやうに」とはある種の常套句であるから、それは何の気なしに言われたのかもしれない。それがこの「小さな旅」にはいかにもそぐわないとおもえば、うたはそのちぐはぐなところにたのしみがある。意外であり、ユーモアわく。
「をさな」のことばに、かんたんな状況のみを添えて、そのあたりいろいろにおもわせる一首である。
なお、奥付にしたがえば、著者名の「櫛」は木偏に節を書くほうの字である。促音の表記については、「あとがき」にあるよう、著者のスタイルにしたがった。