あえぎつつ貨車くろぐろと出で來るトンネル口のもみぢ葉の色

田部君子『田部君子歌集』池部淳子、池部道子編,1999

 

秋を感じられるようになったら、ぜひもう一度取り上げようと思っていた「潮音」の歌人、田部君子(1916-1944)の歌を。

色鮮やかな、ただし絵画のよう、というよりも、どこか立体的な彩りを彷彿とさせられる一首です。

 

「あえぎつつ貨車くろぐろと出で來る」。

「貨車」がトンネルから出て来るとき、しかも「くろぐろと」なので、どっしりとした「貨車」がずんとトンネルから出て来るとき、

あるいは真っ暗なトンネルから出て来るとき、わたしたち読み手の視界もわっとひらけます。

まるで「貨車」の視線になぞらえるように。

 

そしてその「トンネル口の」視点にはつづきがあって、それは「もみぢ葉の色」。

わたしたちの視界も、そこでぱっと「もみぢ」の鮮やかさに彩られ、さらに「葉」にまでぐっとフォーカスされるのがわかります。

ここでは山の紅葉の全体だけではなく、そのもみじの葉っぱまで視ているかのように描かれているのです。

 

注目したいのは、この歌の中の視界が「わっとひらける」ことと、「ぐっとフォーカスされる」こととが多角的に作用しているところ。

最終的には「もみぢ葉」という、ものすごく小さなものにスポットライトが当てられているけれど、

「トンネル」を抜けた視界は、すがすがしくどこまでも開けている、というような状態であることにきっと驚くでしょう。

 

君子の作品には、このような独特の「視点」のあることが、ひとつの大きな、そしてうつくしい特徴と考えます。

その不思議と立体的な世界観は、そして、まるでその「世界」を守るかのように、彼女がいっさいの戦争翼賛の歌を生み出さなかったということは、もっと知っていただけたらな、とこっそりと思うのでした。

 

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