朝昼兼食の乳酪切りつつ詩作とは醱酵黄金の時間待つわざ

高橋睦郎『狂はば如何に』(角川文化振興財団、2022年)

 

こどものころ、本当にごく稀に、ブランチの日というのがあって、そのときは朝の十時とか十一時とかまで寝ていてよく、こんな素敵な日は他にはないとおもったものだ。それでも結局早々に目が覚めて、なんでもない時間を持て余しながらも、ゆったりと過ごしたのだった。なんともふしぎな時間であった。

 

歌集では

 

朝昼兼食ブランチの乳酪切りつつ詩作とは醱酵黄金きんの時間待つわざ

 

とルビが振ってある。(漢字については正字表記だが、引用にあたって新字で表記した。ぜひ引用元にあたってほしい。)

 

うたはこの朝食兼昼食であるところのブランチ(「breakfast」と「lunch」で「brunch」らしい)に乳酪チイズ切りつつ、詩作とは、とおもいをいたしている。ブランチそのもののもつ余裕のようなものがただよっていて、そのことが連想をうながすようでもある。

 

詩作とは醱酵である、あるいはその醱酵という黄金の時間を待つわざ(技、業)である、と。むろんこの醱酵はチーズに導かれたものであり、黄金きんのひびきはすなわち菌をおもわしむ。

 

この縁語、掛詞にみちたうた世界にもまた、ブランチの時間がながれているようだ。精密なわざに違いないのだが、そればかりでなく、その時間を「待つ」という力のかけ方(ぬき方)にも、詩作の妙があるのだと、みずからの歌作をかえりみるようにして読んだ一首である。

 

うたは、「いま」をうたうとよく言われるが、時間をかけてあるときふっ、とあのときの「いま」がうたの形になることがある。「いま」をうたうのにかかる、長い長い時間のことも、一方ではおもうのである。

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