言わないで火を点けないでまなうらに金平糖のなだらかな棘

櫻井朋子『ねむりたりない』書肆侃侃房,2021.10

 

緩やかな拒絶、けれど、どこか後味にまっすぐな甘さを感じさせる一首。

 

「言わないで」、「火を点けないで」と、能動的なことを決してしないで、という語り手。

言うべきこと、火を点けるべきことのある場面というのは、いったい何でしょうか。

 

例えば、対話の必要な場面で相手からの言葉を拒むこと。

そしてまた、紙煙草やロウソクのともしびのように、こころの安寧に繋がるような道具に手を伸ばさないで、と、ストイシズムへわたしたち読み手をも誘う語り手。

 

そうしてかぎりなく無音に近い、静かな、ほの昏い場に身を置く作中の主体。

その「まなうら」には、甘い「金平糖」の尖った部分、しかし「なだらかな棘」の有様が浮かぶのをわたしたちにそっと明かします。

 

初句からつづく「~」の拒絶の形は、結句の「なだらか」に母音は吸収され、最後の「棘」によって子音も集約されてゆきます。

それは、どこか厳しい口調でわたしたちをさとしながら、甘い、けれど尖った景を差し出す語り手の言葉と、うつくしく呼応しているのです。

 

どことなく、チャイコフスキー作曲の『くるみ割り人形』の、クラシック・バレエではクライマックスに登場する、金平糖の精を思い浮かべました。

『くるみ割り人形』では、少女クララ(ヴァージョンによってはマーシャ)は夢の中で、青年に変身したくるみ割り人形とお菓子の国(おとぎの国)へと旅に出るのですが、そこを統治するのが「金平糖の精」です。(こちらも、ヴァージョンによってはドレスアップした/大人になったクララ、という設定も。)動画はロイヤルバレエ団の公式チャンネルから。

誰もが一度は耳にしたことのあるフレーズなのでは、と思うのですが、どうしてこんなにさびしげなのだろう…ということが、ずっと気になっていました。

 

王としてその世界に君臨しつつ、夢から醒めたら/大人になったら忘れられてしまう存在としてそこに居る、金平糖の精。

わたしたちのこころの奥底にも、それぞれの心の帝国を統治する「王」が眠っているのかもしれないなと、この一首と出会ってから感じるようになりました。

 

 

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